「モラルハザード銀行」になった日本振興銀行
「評論家はもういらない」と言い切った「秀才」
木村剛はなぜ転落したか

 日本振興銀行に警視庁の家宅捜索が入り、先に会長を辞任した木村剛氏にも任意の事情聴取があったと報じられている。目下の嫌疑は検査妨害で、重要案件に関わる社内メールの大量削除などがあったらしい。メールの削除があったことについては、西野社長が認めている。但し、木村氏は今のところこの件への関与を否定しているという。

 振興銀行への金融庁検査は、異例の長期間にわたって続いていた。加えて、先の決算は51億円の赤字で、これはSFCGによる債権の二重譲渡問題の影響を含まない業績だ。

 ビジネス的には傍目からも変調と見える状況だった。木村氏は、先般、この決算の責任を取る形で会長を辞任した。

 加えて、報道を見る限り、出資法違反の疑いが濃い。SFCGから買い取った債権を1ヵ月後にSFCGに買い戻させる実質的に融資になる取引で、この際の手数料は経済的には金利に外ならない。

 手数料を利回りに換算すると年利45.7%にもなり、出資法の上限金利29.2%を上回っているとされる問題だ。

 当時会長で行内随一の権力者だったはずの木村氏が、こうした重要案件について認識していなかったとは想像しにくい。

 これらの問題がどの程度の拡がりを見せるか、現時点では分からないが、振興銀行は、木村氏にとって大きな「挫折」であることは間違いない。

 筆者が木村氏に最初に会ったのは、村上龍氏が主宰するメールマガジン「JMM」(Japan Mail Media)の座談会の席上だった。当時、木村氏は、竹中経済財政担当大臣のブレーンとして、不良債権処理のアドバイスで活躍していた。座談会でも弁舌爽やかで、終了後に村上龍編集長も感心していた。

「木村さんという人は、最終的に、ご本人としては何をやりたいのでしょうか。政治家になろうとしているのかな。そうでもないのかな?」と仰っていたのが、記憶に残っている。以後、「木村剛(氏)は、何をしたいのか?」という問いが、筆者の頭の中にずっと引っ掛かっている。

 木村氏は、その後「竹中プラン」の中心人物の一人として日本の銀行の不良債権問題に当たり、金融庁の顧問も務めた。同時に、精力的に著作を発表し、自身のコンサルティング会社も業容を拡大して行った(業績が本当に順調であったのかどうかは分からないが、活動は多岐にわたっていた)。

 この頃、筆者が、確か二度目か三度目に木村氏にお会いした時に、「いいですか、ヤマザキさん、日本には評論家はもういらないのです。必要なのは実践家だ」と仰っていたのを記憶している。

「論を正しく論じるなら、評論家にも『一人前』程度の存在意義はあるのではないか」と反論したいのをぐっと堪えつつ、弁も筆も立つ論客であった木村氏が、評論家を捨ててこれから何をしたいのか、筆者は注目していた。

 木村氏の次の一手は、日本振興銀行の設立だった。中小企業向けの融資を中心に行い、日本経済を底上げしたいと語った、あの時が彼のこれまでのキャリアの中で絶頂期だったのではないか。

 低利で安全な大企業にだけ貸すような「ローリスク、ローリターン」でもなく、街金(まちきん)のような高利貸しでもない、「ミドルリスク・ミドルリターン」のビジネスモデルを追求する、という当時の木村氏の説明は理路整然としていた。金融機関の「貸し渋り・貸し剥がし」が社会問題化している中で、颯爽としたチャレンジだった。

 ただ、当時から、日本振興銀行のビジネス・モデルに対しては、筆者も含めて、幾ばくかの疑問を抱いていた人もいた。

 借り手に(貸し手から見て)ローリスクな借り手とハイリスクな借り手がいて、その中間のミドルリスクの借り手が存在するはずだということは分かる。このミドルリスクの借り手に対して適切な金利のプライシングを行えば儲かるのではないか。

 また、ミドルリスクの案件を多数こなして分散融資すると、全体としてリスクを落とすことが出来るのではないか、ということも理屈上は納得できる。

 しかし、「理屈上は、こんなに上手く行きそうなのに、それでは、どうして既存の銀行がこの分野を手掛けないのか?」という疑問が湧く。まして、日本の銀行は過去少なくとも20年、貸し先の開拓に苦しんで、有価証券運用を積み上げてきた。

 「ミドルリスク、ミドルリターン」のビジネスモデルが上手く行くなら、彼らが手掛けていても良さそうなものではないか。

 スタート時からそんな疑問があったのだが、自信満々の木村氏なら何とかするのだろうと、他方で期待もしていた。

 しかし、結局のところ、ミドルリスクの借り手を正確に評価することと、ミドルリスクと見える相手と適切な契約を行うことは、情報に不完全性がある現実の世界では極めて難しかった。たぶん、与信判断としては、このゾーンが最も難しい。

 相対的に上質の借り手は少しでも低利で借りようとする。そして、「ミドルリスクだが優秀な借り手」だと明らかに分かる場合は、既存の金融機関もこの貸し先に貸したいだろうから競争が発生する。

 加えて、本来ハイリスクの借り手がミドルリスクの顔をして紛れ込んでくる。これらを見分けることは簡単ではない。まさに、金融業の総合力を問われる種類の判断だ。

 既存の金融機関だって、何も考えていないわけではない。リスクとリターンから判断して間尺に合う借り手を懸命に探しているが、これが見つからないというのが現実だ。

 結局、振興銀行のほうが、彼らよりも情報が豊富であるか、審査力があるといえる根拠がなければ、彼らのビジネスモデルは成立しない。新興勢力でもあり、情報の蓄積も乏しいはずの振興銀行で、この分野の勝負に乗り出すことは無謀だったのではないか。

「中小企業向けの『少し高利』の融資」が上手く行かないのは、一足先に行き詰まった新銀行東京の例を見ても分かる。日本郵政の資金運用を論ずる際にも、「中小企業向けの融資」という言葉が出て来やすいが、これは非現実的な暴論だということが分かる。

 結局、振興銀行は、きれいなビジネスモデルでは勝負にならなかったのだろう。収益を挙げるために、貸金業者の債権を買い取ったり、あるいは振興銀行が影響力を行使できる企業のネットワークを作り、これを利用して実質的に高利の貸金業を行ったりする、実質的には「ハイリスク、ハイリターン」の街金・高利貸し的なビジネスモデルに移行せざるを得なかったのではないか。

 しかし、切った張ったのハイリスク金融道に、制度に通じているとはいえ、元秀才の木村剛氏は不向きだったように思われる。

 振興銀行に関しては、設立当初から、次のような指摘もあった。

 振興銀行は銀行免許を持って預金を受け入れる銀行なので、この銀行の預金も当然預金保険の対象になる。従って、預金者から見ると1000万円までの預金の元本と利息の両方が保護の対象になるので、お金は集まるだろう。

 あとは、これをリスクの高い分野に投入して、儲かれば良し、失敗したら預金保険で預金者に弁済するという「究極のモラルハザード銀行」が可能だというものだ。

 預金保険付で1000万円までノーリスクなら、少し高い金利を付けたらお金は集まるはずだ、という目の付け所は制度に通じた木村氏らしい。振興銀行の定期預金金利は、1年物0.6%、10年物2.0%(「振興ダイレクト」6月7日現在。何れも税引き前)と高めに設定されている。

 事実、振興銀行には、預金はそこそこに集まっており、21年度末には5927億円の残高があった。この辺りには、市場メカニズムが確かに働いている。

 尚、制度としての預金保険が、本来銀行のリスク水準を反映して決まるべき金利の部分まで含んで元本と共に保証することは不適切なのではないだろうか。元本のみの保証とするか、最低レベルの金利の保証とすべきだろう。

 木村氏が、メインシナリオとして運用(貸し出し)失敗を描くとは思えなかったから、設立当初に「モラルハザード銀行を作ろう」と考えていたとは思わない。しかし、スタート時から毀誉褒貶のあるビジネス・プランであった。

 振興銀行は、スタートして間もなく、創業メンバーの一人で当初は社長に就任する予定だった落合伸治氏と木村剛氏がいわば仲間割れし、結局、落合氏の持ち株を木村氏側が買い取って、落合氏を振興銀行の経営から排除することで決着したトラブルがあった。

 この際に、木村氏の親族名義の会社に対して振興銀行が行った融資が不適切だったのではないかという疑義が持ち上がったこともあった。

 実は、筆者は木村氏と落合氏が揉めている時期に、あるパーティーで落合氏に会ったことがある。

 この時、筆者は落合氏に振興銀行について訊いてみた。

 「木村さんのやり方で、振興銀行は儲かりますか?」と筆者が訊くと、落合氏は、「木村さんのような、あんな、銀行員みたいなことをやっていても儲かるわけないでしょう」と腹の底から笑って答えた。

 「では、落合さんが経営する儲かりますか?」と訊くと、「ええ、儲かります。それなりのやり方をしなければなりませんが、私がやれば儲かりますよ」ときっぱり答えた。正確なやりとりについては覚えていないが、「それなりのやり方」とは、当時の街の金融業者のような、厳しい条件での融資と取り立てを行うことのようであった。

 この時に、落合氏が木村氏のビジネス・プランを心底から嗤っていたことと、落合氏の醸し出す「一種の迫力」から、「ああ、木村氏は、彼には手に負えない世界に手を出してしまったのだな」と思ったこととが、今も記憶に残っている。

 木村氏、落合氏の何れかに対して、悪いとかレベルが低いとか言いたいわけではない。彼らが別世界の住人であることが、実感として分かったのだ。

 論者としての木村剛氏は、登場当初の「金融行政に通じたキレ者で政策立案者」から「中小企業のオヤジの浪花節も分かる経営のカリスマ」に、いつの間にか立ち位置を移してきた。

 彼が、今、最も大切にしている支持層は、中小企業の経営者たちであるようだ。これは、彼なりに考えたマーケティング上の戦略だろう。著作では、自らも経営者として苦労していることを強調する。

 前述のように、木村氏は弁も筆も立つ。講演は、緩急が巧みで聴衆を飽きさせない。文筆家としても多産で、単行本をゴーストライターを使わずにどんどん自力で書ける。近年では「コンプライアンス不況」といった適切な言葉を捻り出すような造語能力もある。

 また、早くから始めていたブログや、彼が立ち上げた雑誌「フィナンシャル・ジャパン」の誌面を見ると、編集的な才能も持っているように思える。

 加えて、自分よりも年上の有力者に支持して貰う術を心得ている「爺殺し」の技の持ち主でもある。彼のバックアップをしてきたのは、たとえば小泉純一郎元首相や竹中平蔵元経財相、福井俊彦前日銀総裁といった面々で、これらの人々の他にも、「木村君のためなら、一肌脱ごう」という有力者が何人も居た。

 個人としての木村氏が、豊かな才能と可能性を持っていることは間違いない。

「大事なのは、ビジネスなのですよ」

 木村氏は、それこそ、政治家にでもなれば良かったのかも知れないが、実践の場としてビジネスを選んだ。

 筆者は、ここ数年、木村氏と年に二、三回会っていた。雑誌やテレビ番組の対談ということもあれば、木村氏の主宰する「フィナンシャル・クラブ」等が主催するセミナーの講師を頼まれて、その際に会うこともあった。今年に入ってからは、一度振興銀行の顧客に向けた講演を頼まれたことがある。

 会う度に木村氏は、筆者に対して、

「ヤマザキさん、今、何をやりたいと思っているのですか。株式会社マイベンチマークは順調に発展していますか?」(注;株式会社マイベンチマークとは筆者が経営する小さな会社。投資教育のコンサルティング等を業とする)と質問する。「大事なのは、ビジネスなのですよ」と念押しするかのようなニュアンスを感じた。

 彼にとっては、ビジネスこそが実践であり、ビジネスで成功することが持論の正しさを証明することだと考えているようだった。振興銀行は、木村氏にとって、必ず合格点を取らなければならないテストのようなものだったのではないか。

 そこで「成功して見せる」ことが是が非でも必要で、そのための無理を重ねた結果が、今回の問題につながったような気がするのだが、どうだろうか。

 ただでさえ難しいビジネスに挑むのに、「失敗したらやり直せばいい」という気楽さではなく、「絶対に失敗できない」とばかりに自らを追い込むのでは厳しい。

 それにしても、金融の世界には深い闇がある。たとえば、出資法違反に関する報道が事実だとすれば、金融検査に通じた理論派の木村氏が、法人向けの貸金業者であったあのSFCGを相手に、高利のお金を貸し付けて、違反行為に走った事になる。常識的には想像しにくいことであり、お金がお金を生む世界の魔力というしかない。

 今回の件の捜査の結果がどうなるは、筆者には未だ分からない。しかし、白と出るにせよ黒と出るにせよ、木村氏には、振興銀行でこれまでにやってきた事の総括的説明を求めたい。「再チャレンジ」はそれからだ。

 もちろん、木村氏にも法的な防御権があるし、ビジネス上秘密にしておきたい事柄もあるだろうが、最大限に率直にありのままを公開して欲しい。かつて不良債権問題の処理にあたった木村氏であれば、オープンに説明できないビジネスやそれに関わる債権が「ろくなものではない」ことをよくご存知だろう。

 今後の金融業界の浄化のためにも、何が問題だったのか、行政の不備も含めて総括して欲しい。振興銀行は、金融ビジネスを考える上では貴重な実験だったし、失敗の実験からも学べる点は多々あるはずだ。

 振興銀行に関する総括を済ませた後であれば、多才な木村氏には、今後いくらでも再起の機会があるだろう。「キムラさん、次は何がしたいのですか?」という質問は、その時まで取っておこう。

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