雑誌
隠されていた決定的ミス 東電はベントの方法を間違った!
MIT(マサチューセッツ工科大学)と
アレバ社が指摘

フライデー

「だいたい私は再臨界は危険だと思っていません。熱的に見たら崩壊熱(注1)とか化学反応による熱のほうがずっと大きく、そもそも原子力というものは臨界になるものです。再臨界=大変なこと、という認識はなしに『再臨界の可能性はゼロではありません』と申し上げた」

「再臨界している可能性は、どの炉もあると思います。だけど実際には、崩壊熱がすごいんですね。これを冷やさないといけない。ジルコニウムという被覆管(注2)と水とが反応した科学発熱も相当なものです。それに比べたら再臨界したからといって、ちょっと中性子が出てくるだけで、熱的には微々たるものです。

 皆さんは再臨界すると核爆発を起こすと想像されるみたいですが、軽水炉のシステムではきれいに燃料棒が並び、その間に水がある状態で初めて臨界に達する。これに対して核爆弾はウラン235を濃縮し、九十数パーセントにして、それを固める。核爆発と再臨界とはまったく違うものなんです。再臨界が起こったかどうかは、学問的には面白いと思いますよ」

「もう笑い話だからどうでもいいんですけど、細野補佐官も『再臨界の可能性』と『再臨界の危険性』という言葉が、どれだけ違うか、どうもあまりよくお分かりになっていなかったみたいですね」

〝目隠しして車を運転〟

 東京大学工学部附属原子力工学研究施設の教授を務めた班目氏の見解は、正しいのだろうか。本誌には放言に聞こえる。元「バブコック日立」社員として福島第一原発の設計に携わったサイエンスライターの田中三彦氏は、こう指摘する。

「班目さんの発言で唯一、正しいのは、核爆発と再臨界は違うという一点です。制御棒が溶けているから、再臨界が始まればコントロールできず、再臨界によって再び発生した水素が圧力容器から格納容器に流出して大爆発を引き起こしかねないのです。班目さんは、正常な原子炉の中で起きている臨界と、アクシデントによる再臨界が同じであるかのように表現し、専門知識のない記者を煙に巻いているとしか思えません」

 班目氏の物の言い方は、「原発存続」を前提とする政府と東電が、3・11以降、国民に向けて繰り返してきた「事態の過小評価」と重なる。本誌は、爆発事故発生直後から「メルトダウン(炉心溶融)」という単語を使って、あり得る危険性について指摘してきたが、1号機の炉心の大半が溶融した=メルトダウンが起きていたことを、東電が初めて認めたのが5月15日。続けて24日に「2、3号機でも核燃料の大半が融け落ちて、原子炉の底に溜まっている」と公表した。事故から2ヵ月以上経ってようやくである(次ページの一覧表参照)。

 元東芝で原子炉格納容器の設計に関わってきた後藤政志氏は、5月23日の参院行政監視委員会に参考人として出席した。その後藤氏が、政府・東電の姿勢を〝後出しジャンケン〟と厳しく断じる。

「最初の東電の発表では、『燃料棒は一部露出しているが、だいたい水が入っているからメルトダウンが起こっているはずがない。一部、燃料が損傷しているかもしれない』という表現だったと記憶しています。あの時、燃料棒が長時間にわたって露出しているということは、相当な損傷があると私は考えました。

(注1)核分裂で生じた核分裂生成物などの核種は、放射線を出して別の原子核に変わるが、この放射性崩壊に伴って発生する熱
(注2)核燃料となるウランなどのペレットを密封するための金属製の管