雑誌
雲隠れ木村剛・日本振興銀行前会長を直撃「刑事告発危機と経営者責任」
金融庁による業務停止命令に加えて、
「検査忌避疑惑」も浮上
日本振興銀行前会長の木村剛氏。辞任会見も行わず姿を消していたため、「失踪疑惑」まで囁かれていた〔PHOTO〕片野茂樹(以下同)

 東京・日本橋のオフィス街。6月1日午後2時過ぎ、とあるビルから白髪交じりの頭髪をオールバックで固めた紳士が現れた。遅めの昼食に向かうのだろうか、手ぶらで颯爽と歩いていく。

「フライデーですが・・・」

 本誌が声をかけると、男は一瞬、記者を凝視し、固まった。そして啞然とさせるほどの猛ダッシュで、ビルの中に逃げ込んでしまったのである。

「金融維新」を唱えた改革者

 本誌が直撃した人物は、5月27日に金融庁から一部業務停止命令を受け、経営不安が囁かれている日本振興銀行の前会長・木村剛氏(たけし・48)である。

会社前で本誌記者が声をかけるや否や、すごい早技で踵を返し・・・何も話さず脱兎のごとく走り出し、会社の中に逃げ込んでしまった

「木村氏は、振興銀が行政処分を受ける前の5月10日付で会長を退任したが、自らの説明会見も開かず、メディアへの露出もなかったため、永田町界隈では、『失踪説』まで飛び交っていました」(全国紙経済部記者)

 詳細は後述するが、木村氏は、振興銀の実質的な創業者であり、最高実力者として君臨してきた人物。当然、負うべき説明責任を果たしてもらおうと直撃を試みたのだが、脱兎のごとく姿を消してしまったのである。

 木村氏といえば、'02年に金融庁顧問に就任。小泉政権の竹中平蔵金融相のブレーンとして、「金融再生プラン(竹中プラン)」の作成に尽力した人物として名を上げた。

 その後、メガバンクの貸し渋り問題に異を唱え、中小企業向けに無担保融資を専門とする振興銀設立構想に中心メンバーとして参画。'04年の開業時には社外取締役に就任した。

「振興銀設立では、『金融維新』を唱え、既存の金融界に風穴を開けた改革者として大いにもて囃されましたね。しかし、銀行発足後まもなく起きた内部抗争で、創業時の社長らが相次いで辞任。

 '05年1月に社長に就任した後から(同年6月に会長に昇格)、世間の見方は一変した。振興銀が木村氏の親族の経営する会社に杜撰な審査で融資していたなど、銀行を私物化するような数々の疑惑が続出したのです」(財界関係者)

 そんな批判を何するものぞと同行のトップの座に居座り続けてきた木村氏の会長退任を振興銀が発表したのは、5月17日の決算発表の場だった。

 同銀が公表した'10年3月期決算は、51億円の最終赤字。木村氏の辞任については、「赤字決算の責任」(西野達也社長)と説明されたが、金融庁が検討していた行政処分も影響していたのは明らかだった。

 今回、金融庁が下した一部業務停止命令は、1億円超の大口融資や債権買取業務、融資、預金に関する勧誘などを4ヵ月停止するという重い処分である。金融庁担当記者が解説する。

「金融庁は、同行が債権売買の形式を取り、実質的に出資法の上限金利(年29.2%)を上回る45.7%の金利を取っていたなど7項目の法令違反を認定しました。最も金融庁を怒らせたのは、昨年6月から始まった金融庁の立ち入り検査を妨害した『検査忌避』です。

 特定の役職員が、検査官に提出する業務メールをサーバーから意図的に削除していたのです。銀行法の定めでは、検査忌避は1年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金。金融庁が刑事告発に踏み切れば逮捕者が出る可能性はあります」

 そもそも金融庁の検査が9ヵ月にも及んだ理由は、振興銀が非協力的な姿勢をとったからだという。

「通常2ヵ月で終わる検査です。ところが、振興銀は、検査官が『担当者を出して下さい』と言っても『すみません、不在です』と平気で答えたといいます。『いつ来るのか』と聞くと、『出張中で1週間後です』。こんなナメた対応に終始した。西野社長は記者会見でメールの削除について認め、謝罪しました。しかし、木村氏の関与は全面否定しました」
(前出・金融庁担当記者)

 刑事告発はあるのか。処分発表後の28日、亀井静香金融・郵政担当相は検査忌避容疑での刑事告発について、「状況を詳細に検討して判断する」と、その可能性を示唆した。

 こうした金融庁の動きを踏まえ、既に東京地検特捜部も動き出しているという。

「まだ告発が決まったわけではないので、捜査という段階ではありませんが、情報収集は始めています。'04年にUFJ銀行(現・東京三菱UFJ銀行)が、検査忌避容疑で立件された時は、副頭取が逮捕された。場合によっては、木村氏ら経営陣が刑事責任を問われる可能性も否定できません」(東京地検特捜部関係者)

 金融庁は7月半ばにも告発への判断を下すと見られている。はたして木村氏は本当に検査忌避に関与していないのだろうか。元振興銀行員は疑問を呈する。

「木村さんは行内では、絶対権力者でした。気に入らない行員は、左遷かクビ。社則も朝令暮改です。そんな木村さんの指示なしに、業務メールを削除できるものか疑問です。また、当時から木村さんは金融庁をかなり敵視してました、『西原(政雄金融庁検査局長・当時)は絶対に許さん。何度同じことを聞けば済むんだ』と。'05年の検査の時も怒鳴っていました」

 振興銀が抱える問題はまだある。商工ローン大手のSFCGが、信託銀行と振興銀に二重に債権を譲渡していた問題である。現在、信託銀行と振興銀は係争中。この夏にも一審判決が下される見通しだが、もし振興銀が負けた場合、数百億円の債務超過に陥る計算になるという。

「振興銀が3月期決算で出した赤字51億円という数字は、SFCGから譲渡された債権の回収金額を一切引き当てずに出されたもの。もし敗訴すれば、倒産の危機です」
(全国紙経済部デスク)

 本誌は木村氏への直撃取材後、改めて木村氏が代表を務める「フィナンシャル」を通し、検査忌避疑惑の真偽、自身の責任などについて質問状を送った。が、木村氏の秘書は、「木村と連絡が取れない」とのみ回答した。本誌が木村氏を直撃したのは、同社前なのに、である。

 説明責任を一切果たさず逃げを打つ木村氏。彼の掲げた「金融維新」とは一体何だったのだろうか。

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