スティーブ・ジョブズも恐れるITコラムニストはこうして誕生した
スター記者から「消費者の守護人」に転身したウォルト・モスバーグ

 6月1日夕方、ロサンゼルス郊外の高級リゾートホテルで開かれていたハイテク会議「D:オール・シングズ・デジタル(D会議)」。大会場のステージ上では、アップルの最高経営責任者(CEO)、スティーブ・ジョブズが足を組んでいすに腰掛け、インタビューに答えていた。

「iPad(アイパッド)の基本ソフト(OS)は軽快なマルチタッチ機能が特徴です。このOSは最初にiPhone(アイフォーン)で導入されました。iPhoneが成功した結果としてiPadへ進化したのですか?」

 こう聞かれると、ジョブズは「1つ秘密を教えてあげましょう」とおどけながら、「実はiPhoneよりもiPadが先でした」と打ち明けた。

「当初、開発部隊には『キーボードを不要にするマルチタッチ式ディスプレイを開発してほしい。それでタブレットを作りたい』と指示したのです。でも、実際に試作品を見て『携帯電話を作るべき』と考え直し、タブレット計画を棚上げ。これが真実です」

 ジョブズに質問を投げかけていたのは、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙の記者、ウォルト・モスバーグ。

 同紙が毎年開催するD会議の共同創設者・運営者・司会者であり、アメリカで最も有名なIT(情報技術)コラムニストでもある。

 モスバーグに声をかけられれば、「IT業界最強の経営者」ジョブズも無視できない。事実、ジョブズはD会議の常連だ。2007年の第5回D会議では、"宿敵"マイクロソフト会長のビル・ゲイツと一緒にステージに上がってモスバーグの質問に答え、世間を驚かせた。

 iPadの発売を機に、株式時価総額でマイクロソフトを追い抜いて世界最大のIT企業にのし上がったアップル。ジョブズは今のところ、IT業界では怖いものなし経営者といえよう。

 そんなジョブズでもモスバーグには一目置く。iPad発売前には直々にモスバーグにiPadの魅力を訴えている。モスバーグに否定的な事を書かれたら困る――こう思ったからだろう。

 なぜなのか。一言で言えば、モスバーグが毎週書くコラム「パーソナルテクノロジー」の影響力が大きいからだ。

ワシントン支局長も約束された安全保障のスター記者だった

 4月1日付のWSJは、iPadの製品批評を特大の扱いで掲載した。モスバーグのコラムのために、別刷り「パーソナルジャーナル」の1面を全面ぶち抜きで使った。反響は大きかった。彼自身も「これほど大きな注目を集めたのは久しぶり」と語る。

 それもそのはず。iPadへの関心が世界的に高まっている状況下で、正式発売前にアップルからiPadを支給され、徹底的にテストする機会を得た記者は一握りしかいなかったのだ。

 「一握り」に含まれていたのは、ニューヨーク・タイムズ紙のデビッド・ポーグとUSAトゥデイのエドワード・ベイグだ。2人ともITコラムニストとして有名だ。だが、業界のだれもが「モスバーグの評定に一番の重みがある」と思っている。

 モスバーグは「一般消費者向けに平易な言葉を使って書く製品批評家」の始祖と見なされている。1991年に彼が「パーソナルテクノロジー」を立ち上げた時、ITジャーナリストと言えば「業界向けに小難しい話を書く業界専門記者」ばかりだった。

 消費者の守護人(チャンピオン・オブ・ザ・コンシューマー)――モスバーグはこう呼ばれている。「生産者VS消費者」の構図でとらえると、彼はどんなときでも消費者の利益を代弁する姿勢を崩さず、時に生産者に対して攻撃的になる。

 一見、調査報道とあまり縁がないITコラムニストでありながら、結果として「ウォッチドッグ・ジャーナリズム」の役割を果たしているのだ。生産者のために新製品を紹介するというよりも、消費者のために生産者をチェックするのを信条にしているからこそである。

 実は、モスバーグはもともと「ウォッチドッグ・ジャーナリズム」の担い手として活躍していた。WSJのワシントン支局で18年間も核問題や安全保障問題を担当し、ワシントン支局長の道も約束されていた。最後はブッシュ(父)政権のジェームズ・ベーカー国務長官に同行し、世界中を飛び回っていたのである。

 要するに、調査報道の経験も十分に積んだITコラムニストなのだ。

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