牧野洋の「ジャーナリズムは死んだか」
2010年06月10日(木) 牧野 洋

スティーブ・ジョブズも恐れるITコラムニストはこうして誕生した

スター記者から「消費者の守護人」に転身したウォルト・モスバーグ

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 6月1日夕方、ロサンゼルス郊外の高級リゾートホテルで開かれていたハイテク会議「D:オール・シングズ・デジタル(D会議)」。大会場のステージ上では、アップルの最高経営責任者(CEO)、スティーブ・ジョブズが足を組んでいすに腰掛け、インタビューに答えていた。

「iPad(アイパッド)の基本ソフト(OS)は軽快なマルチタッチ機能が特徴です。このOSは最初にiPhone(アイフォーン)で導入されました。iPhoneが成功した結果としてiPadへ進化したのですか?」

 こう聞かれると、ジョブズは「1つ秘密を教えてあげましょう」とおどけながら、「実はiPhoneよりもiPadが先でした」と打ち明けた。

「当初、開発部隊には『キーボードを不要にするマルチタッチ式ディスプレイを開発してほしい。それでタブレットを作りたい』と指示したのです。でも、実際に試作品を見て『携帯電話を作るべき』と考え直し、タブレット計画を棚上げ。これが真実です」

 ジョブズに質問を投げかけていたのは、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙の記者、ウォルト・モスバーグ。

 同紙が毎年開催するD会議の共同創設者・運営者・司会者であり、アメリカで最も有名なIT(情報技術)コラムニストでもある。

 モスバーグに声をかけられれば、「IT業界最強の経営者」ジョブズも無視できない。事実、ジョブズはD会議の常連だ。2007年の第5回D会議では、"宿敵"マイクロソフト会長のビル・ゲイツと一緒にステージに上がってモスバーグの質問に答え、世間を驚かせた。

 iPadの発売を機に、株式時価総額でマイクロソフトを追い抜いて世界最大のIT企業にのし上がったアップル。ジョブズは今のところ、IT業界では怖いものなし経営者といえよう。

 そんなジョブズでもモスバーグには一目置く。iPad発売前には直々にモスバーグにiPadの魅力を訴えている。モスバーグに否定的な事を書かれたら困る――こう思ったからだろう。

 なぜなのか。一言で言えば、モスバーグが毎週書くコラム「パーソナルテクノロジー」の影響力が大きいからだ。

ワシントン支局長も約束された安全保障のスター記者だった

 4月1日付のWSJは、iPadの製品批評を特大の扱いで掲載した。モスバーグのコラムのために、別刷り「パーソナルジャーナル」の1面を全面ぶち抜きで使った。反響は大きかった。彼自身も「これほど大きな注目を集めたのは久しぶり」と語る。

 それもそのはず。iPadへの関心が世界的に高まっている状況下で、正式発売前にアップルからiPadを支給され、徹底的にテストする機会を得た記者は一握りしかいなかったのだ。

 「一握り」に含まれていたのは、ニューヨーク・タイムズ紙のデビッド・ポーグとUSAトゥデイのエドワード・ベイグだ。2人ともITコラムニストとして有名だ。だが、業界のだれもが「モスバーグの評定に一番の重みがある」と思っている。

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