サッカー
日本サッカーの未来のため議論を重ねたのか
私が「コパ・アメリカ出場辞退」を心から残念に思う理由

99年大会に招かれ、フィリップ・トルシエ監督のもとでコパ・アメリカを経験した日本〔PHOTO〕gettyimages

 日本サッカー界のカレンダーで、6月は日本代表を強化する位置付けとなっています。ヨーロッパや南米から代表チームを招き、日本を含めた3ヵ国による総当たりのリーグ戦として『キリンカップ』が開催されるのです。

 東日本大震災の直後から、日本国内で予定されていたスポーツの国際大会が他国へ場所を移すことが続きました。そうしたなかで、今回はチェコとペルーが来日しました。毎年恒例の国際大会を取材していると、サッカーを通じた絆を感じることができます。

 その一方で、7月上旬に開幕するコパ・アメリカ(南米選手権)の出場は取りやめとなりました。

 南米大陸の王者を決めるコパ・アメリカは、90年代中期からメキシコなどの北中米カリブ海地区の国が招待参加しています。日本も99年大会に招かれ、フィリップ・トルシエ監督のもとでコパ・アメリカを経験しました。

 今回も招待国として二度目の出場が決まっていたのですが、ふたつの理由で出場を断念せざるを得なくなりました。

若い選手にチャンスを与えることはできなかったか

 ひとつ目は、震災の影響で中断されたリーグ戦を、コパ・アメリカのために空けておいた7月に組み込むことになったことです。

 代表選手は各チームの中核を担っていますから、現場からすれば戦力ダウンが危惧され、興行的な立場では観客動員の影響が懸念される。クラブ側からすれば、簡単に選手を派遣できないところがあります。

 ヨーロッパでプレーする日本人選手についても、所属先のクラブから派遣に難色を示されてしまいました。オフにしっかり休養を取ってもらい、心身ともにフレッシュな状態で新シーズンへのキャンプに参加してほしい、というのが各クラブの論理です。こちらも簡単に退けられるものではありません。

 日本サッカー協会は最後まで可能性を探りましたが、コパ・アメリカという大会にふさわしいチームを編成できないために、出場を断念するという結論に至ったのです。

 クラブ側の言い分は理解できます。協会の判断も苦渋の末だったでしょう。

 そもそも、誰もが納得できる最適解はありません。辞退という結論に残念な思いを抱く方がいると同時に、出場となれば表情を歪める方もいたことでしょう。

 私が問いたいのは、大局的な見地に基づいた判断だったのか、ということです。

 コパ・アメリカへ出場することになれば、おそらくは選手を派遣するクラブと、派遣しないクラブが生まれます。漠然とした不公平感に、リーグ全体が包まれます。

 しかし、こういう考え方もできます。南米という世界のトップレベルで真剣勝負を戦った選手たちは、本当に貴重な経験を得ることができる。ひと回りもふたまわりも大きくなって帰国してくるはずで、すなわちそれは選手が所属するチームにとっても財産になる、と。

 代表選手を欠いて数試合を戦うことにはなるけれど、それ以上の経験や刺激をチームに持ち帰ってきてくれる。コパ・アメリカとはそれぐらいスケールの大きな大会です。

 南米サッカー連盟と開催国のアルゼンチンからは、「ベストメンバーでなくてもいい」という妥協案も提示されたと聞きます。日本の復興支援に協力したいというのが彼らの願いであり、たとえば日本が「22歳以下のチームでも良いだろうか?」と問いかければ、検討してくれる余地は十分にあったでしょう。

 厳しい環境で揉まれて、あがいて、それでも勝利をつかめない。いつの自分には、何が足りないんだろう。失敗は多くのことを気づかせてくれます。ヨーロッパのクラブへ移籍したり、日本代表で活躍するような選手には、失敗から学ぶことができるという共通点がある。そうしたきっかけとなる経験を、次世代の若い選手に与えたかったというのが、個人的な思いです。

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