「金王朝大崩戦闘準備」その内情軍部暴走、金正日に壊はもう止められない

2010年06月07日(月)
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 この日、NLL近辺を航海中の韓国海軍の1200tの軍艦「天安」に魚雷が炸裂。軍艦は沈没し、46人の韓国海軍兵が殉死した。韓国軍は当初、事件説と事故説の両方の線で調査を開始したが、約2ヵ月後の5月20日になって、北朝鮮の犯行であると、韓国政府が正式に発表した。

 この発表について、北朝鮮は関与を否定する声明を出したが、韓国政府高官は、冷静な表情でこう反論する。

「昨年の11月末と今年2月の2回、金正日が北朝鮮の西海艦隊司令部のある南浦を訪問し、『(昨年の銃撃戦の)報復をしなさい。98周年(金日成の生誕記念日である4月15日)の前後がいいだろう』と指示していることが分かっている」

 さらにこの高官によると、4月半ばごろより、北朝鮮国内で、すでにこの事件が北朝鮮の手によって実行されたことを示す話が出回っていたことを指摘する。

「北朝鮮側にとって、今回の攻撃は極秘事項だった。しかし、4月の中旬にはこの話が北朝鮮の国内にも出回り始めていたことを確認している。

 注目すべきなのは、『あの攻撃は、正銀さまの指揮のもと行われたものだ』という情報がともに広まったことだ。やはり北朝鮮は、軍部の不満を解消し、さらにその手柄を金正銀のものとするために、『天安号事件』を起こしたのだ」

自暴自棄になった金正日

 今回の事件を受けて、李明博(イミョンバク)大統領は北朝鮮に対する制裁決議などを国連安全保障理事会に求める強硬姿勢をみせ、制裁などに消極的な姿勢を見せている中国の説得にあたる予定だ。

 たしかに消極的な姿勢を見せているものの、中国とてそう簡単に今回の事件は目を瞑(つむ)れるものではない。この事件について、ある意味で当事者である韓国以上に動きが早かったのが、中国だった。平壌に着任して間もない劉洪才中国大使は、事件発生後直ちに、金正日総書記もしくは金永春国防相への面会を要請した。

 3日後の3月29日、北朝鮮のトップ二人は、劉大使を食事に招き、三者会談が実現。金総書記はその場で事件について直接の言及はせず、ただ韓国と、そのバックにいるアメリカの悪口をまくし立てた。そしてこうも明言した。

「4月か5月に訪中したい」

 北朝鮮にとって恐いのは、あくまでも韓国のバックに控えるアメリカである。そしてアメリカからの報復を食い止めるには、「後見人」である中国の力を頼るしかなかった。こうして5月3日から7日にかけて金総書記及び金国防相の訪中が実現したのだった。

 このとき、中国は「天安号事件」について直接北を非難することはしなかった。しかし、金総書記にとって驚きだったのは、北朝鮮にとって最も重要事項となる正銀への後継に対して、中国が条件をつけてきたことだった。

 今回の中朝首脳会談で金総書記は、間接的な表現ながら、「両国・両党の特別な友誼は、子々孫々続けていくべきだ」と主張し、正銀への継承を認めさせようとした。ところがこれに対し胡錦濤主席は、「朝鮮が平和路線を推進し、経済発展を図るのならば、中国は友好関係を保持する」と答えるのみだったのだ。

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