永田町ディープスロート

「金王朝大崩戦闘準備」その内情

軍部暴走、金正日に壊はもう止められない

2010年06月07日(月)
週刊現代
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 無謀ともいえる突然の攻撃は、金王朝内部の権力闘争の果てに引き起こされたものだった。46人の死者を出したこの事件は、東アジア全体を戦闘状態に陥れる引き金となるかもしれない―。

金正日が焦る理由

 すべては昨年秋から始まっていた。北朝鮮潜水艦が韓国船を爆破した「天安号事件」によって、朝鮮半島情勢はいま、朝鮮戦争以来最大級の緊張の高まりを見せている。韓国が北朝鮮に対し船舶の航行禁止命令を出せば、一方の北朝鮮は「南北のすべての関係を断絶する」と宣言。

 日本のすぐ隣の地で一触即発の危機が訪れているのだ。一体この事件はなぜ起こってしまったのか。その謎を解くためには、しばし時をさかのぼらなければならない。

 近年、北朝鮮の独裁者・金正日(キムジョンイル)総書記(68歳)の頭を悩ませているのは、「どのタイミングで息子・金正銀(ジョンウン)にその座を譲るか」という問題である。

 金総書記は、建国の父・金日成(イルソン)主席の生誕100周年であり、自らも70歳を迎える2012年を、「強盛大国(政治・経済・軍事大国)の大門を開く年」と定めている。そしてこの年に、三男の正銀(27歳)を後継者にする予定でいる。2年後に30歳となるよう、正銀の年齢を1年、詐称させ始めたほどだ。

 さらに金総書記は、正銀が後継者としてふさわしいことをアピールするために、さまざまなお膳立てを図ってきた。昨年春に始めた「農業闘争」(国を挙げての農作業)は、正銀が初めて指導した国家事業「150日闘争」(5ヵ月間で全産業の生産力をアップさせる運動)の核心だった。

 ところが、2300万の国民が食べていくためには、秋の収穫時に650万~700万tの食糧が必要であるにもかかわらず、昨年の収穫量は、わずか350万tという惨憺(さんたん)たる状況だった。

 「苦難の行軍」('95年~'98年にかけての食糧危機で、200万人が餓死した)の再来と陰口を叩かれる始末となり、「正銀の指導力」には、いきなり疑問符がついた。これでは正銀への後継はおぼつかなくなる―金総書記は、焦燥感に駆られたのだった。

 その失敗の責任は、正銀の「後見人」に及ぶことになった。

 金総書記は、昨年の年初頃、軍内部の最高機密にあたる核開発の総責任者を任せてきた金永春(ヨンチュン)(74歳)を、正銀の後見人に定めた。その見返りとして、昨年2月、自らの67歳の誕生を祝う宴席で、金永春を人民武力部長(国防相)に抜擢すると発表したのだった。

 実は、'94年に「金正日時代」を迎えて以降、「平壌の奥の院」で展開されるドラマの多くは、金永春がキーパーソンとなってきた。

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