鳩山総理と小沢幹事長の間を
緊張させる官僚の「罠」

普天間問題を契機に静かなクーデターが始まる

 現下政局の焦点は、鳩山由紀夫総理と小沢一郎・民主党幹事長の真実の関係がどうなっているかだ。

 普天間問題をめぐり、内閣支持率が急速に低下しているため、民主党参議院議員のうち今回改選になる議員が「このままでは戦えない」と小沢幹事長に泣きつき、それを受けて、鳩山下ろしに小沢幹事長が走ったという見方が主流だが、この見方はあまりに皮相だ。このような情勢論の位相で情勢分析を行っても、問題の本質は見えてこない。

 情勢論で議論するならば、
「ここで誰を次の総理にするのか。菅直人副総理(兼財務大臣)を新総理にしても、辺野古への普天間移設を決定した閣議了解に署名している。普天間問題で総理の交代が起きるのであれば、筋が通らないではないか」

「菅副総理は元全共闘活動家だ。あの連中は本質においてマキャベリストだ。小沢幹事長が因果を含めて総理に据えても、しばらく経てば『政治とカネ』の問題を口実に、小沢排除に動くのではないか。このような危険なシナリオに小沢が乗ることはないのではないか」

「いやそれよりも『みんなの党』の渡辺喜美代表に総理ポストをオファーするのではないか。民国みん連立政権ができるのではないか」

 など、さまざまな情報が筆者のところにも入ってくる。

 筆者は、これらの情勢論では、問題の本質を理解することができないと考える。

 鳩山総理と小沢幹事長の間には、深刻な認識の相違がある。筆者なりの表現を用いれば、小沢幹事長は、鳩山総理が「友愛」のベクトルを間違えた方向に示してしまったと考えているのだ。

 鳩山総理には2つの顔がある。

 第1は、2009年8月30日の衆議院議員選挙(総選挙)で、国民によって選ばれた最大政党・民主党の代表としての顔だ。社会を代表している側面と言ってもよい。

第2は、霞が関(中央官庁)官僚のトップとしての顔だ。

 官僚は、国家公務員試験や司法試験のような難解な試験に合格したエリートが国家を支配すべきと考えている。彼らは、露骨に威張り散らさずに表面は温厚な顔をしていても、内心では、国民を無知蒙昧な有象無象と見下している。

 そして、国民によって選挙された国会議員は有象無象のエキスのようなもので、こんな奴らの言うことを聞く必要などサラサラないと思っている。

 もっともこの有象無象の国民から取り立てる税金で官僚は生活しているので、国会議員の言うことも少しは聞かなくてはならないというくらいのバランス感覚をもっている。自民党政権時代は、「名目的権力は政治家、実質的権力は官僚」という不文律が存在していた。それを鳩山由紀夫総理と小沢一郎幹事長は本気で崩そうとしている。

 鳩山総理と小沢幹事長は、官僚を選別するための国家試験では、所詮、教科書と参考書の内容を記憶して(必ずしも理解しなくてもいい)、限られた時間内に筆記試験で復元する能力しか測ることができないと考えている。

 物事の本質を洞察する力、他人の気持ちになって考える力がエリート官僚に欠けているのは、これらの数値化できない能力を試験で測ることができないからだ。

政治家と官僚の間の権力闘争

 鳩山総理と小沢幹事長は、官僚の能力が卓越しているという神話を信じていない。標準的な能力をもつ国会議員ならば、忍耐力をもって取り組めば、官僚が担当している業務の大枠は理解できると考えている。

 民主的統制から外れ、社会から隔絶したところで、現実離れしたゲームをしている官僚を放置しておくと、国家が崩壊するので政治主導を回復するというのが民主党連立政権の基本方針だ。ここで、国会議員と官僚の間で、「誰が国家を支配するか」をめぐってかつてない権力闘争が起きている。

 鳩山総理が、沖縄県民の切実な声を真摯に受け止め、米海兵隊普天間飛行場の移設先について「最低でも(沖縄)県外」という主張を総選挙前にも、総選挙中にも、そして総選挙後も続けた。5月28日に、辺野古への移設を明示した閣議了解を採択した後も、鳩山総理は、将来的に、米海兵隊を沖縄の外に移動することを考えているのだと思う。

 これに対して、官僚は、自民党政権時代の日米合意で定められた辺野古案にもどすことが死活的に重要と考えた。それは抑止力を維持するためではない。

 政権交代が起きても、外務官僚と防衛官僚が組み立てた辺野古案がもっともよいという結果になれば、日本国家を支配するのが官僚であるということが、国内においてのみならず、米国政府に対しても示すことができる。普天間問題は、官僚にとって、「日本国家の支配者がわれわれである」ということを示す象徴的事案となのだ。

 内閣総理大臣という1人の人間の中に、国民を代表する要素と官僚を代表する要素が「区別されつつも分離されずに」混在している。普天間問題について、この2つの要素が軋轢を強めた。こうして、鳩山総理の中で自己同一性(アイデンティティー)の危機が生じた。

 当初、鳩山総理は、国民の側、すなわち沖縄県外への移設に舵を切ることで問題の解決を図ろうとした。そのとき、鳩山総理を支える有力な根拠となったのが、総選挙で沖縄に4つある小選挙区で、沖縄県内への移設を容認した自民党候補が全員落選したことである。

 この選挙で小選挙区から当選した4人の国会議員は、全員与党だ。これは沖縄史上初めてのことだった。ここで、直近の民意が「最低でも県外」であることが明白になった。

 もっとも沖縄には別の民意もある。

 2006年に県民によって直接選挙された仲井真弘多・沖縄県知事が、辺野古の沖合ならば県内に普天間飛行場の代替施設を受け入れることを容認していたからだ。

 1月末の名護市長選挙で、辺野古への受け入れに反対する稲嶺進氏が当選した。これで鳩山総理は、沖縄県外に向けて、舵を切ろうとした。ここで大きな与件の変化が生じた。

 沖縄1区選出の下地幹郎衆議院議員(国民新党)が、沖縄県内への受入を主張したからだ。この機会を外務官僚、防衛官僚は最大限に活用した。官僚は、下地氏が沖縄の「声なき声」を代表しているという印象操作と情報操作を行い、官邸の官僚、閣僚たちに「辺野古への回帰以外にない」という雰囲気を醸成していった。

 鳩山総理は、意思決定理論(決断理論)の専門家だ。目的関数を設定し、制約条件を定める。制約条件の中で、下地氏の沖縄県内受け入れ発言により、「沖縄の民意の反対」という要因が小さくなり、官僚による抵抗、また官僚が誘致する米国の圧力という要素が日に日に強くなった。

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