メディア・マスコミ
経産省広報は取材から逃げ回るだけ
「政府は国民を守り、メディアが報じる」
というウソはもはや通じない
パラダイムシフトが起きている

「首相官邸」HPより

 東京電力の賠償案をめぐる細野哲弘資源エネルギー庁長官のオフレコ発言をきっかけに、私は過去3回の当コラムで賠償案の評価にとどまらず、官僚が使う「オフレコ手法」の本質、さらに記者クラブ問題にも触れてきた(5月14日17日20日付け)。

 読者からいただいたツイッターでの反応は累計1万通を超え、途中から始めた私のツイッターへのフォロワーは8000人を超えている。職場にもファックスやはがき、メールが届いた。ほとんどが激励してくれる内容だった。本当にありがたい。あらためてお礼を申し上げる。

 東日本大震災と福島第一原発事故を経て、国民の間に政府に対する不信感がこれまでになく高まっている。単に情報公開が不十分というだけではない。ひょっとしたら政府は国民をだましているのではないか。被災者に補償するといいながら、実は国民につけを回そうとしているのではないか。そうした不信感である。

 読者からのツイッターなどを読みながら、私はそう思った。

 政府や政治に対する国民意識がこれまでになく先鋭になっている。4月1日付けコラムで、大震災と原発事故が政治や経済、メディアに対するパラダイムシフトをもたらす可能性について書いたが、コラムへの反響はまさしく、そうした意識変化を物語っているようだ。

 パラダイムシフトとはなにか。

 簡単にいえば、これまで政府は国民の命と暮らしを守り、豊かな生活を実現するために仕事をしていると思われてきた。ときどき批判にさらされていても、基本的に政府は国民のためにある。これまではそう思われてきた。

 ところが、実はそうではない。官僚が、自分たちの既得権益を守るためには、国民に犠牲を強いることさえある。そのことが今回の震災ではっきりした。

 一方、メディアは政府を批判しているように見えるが、実は細野発言のような官僚の本音は報じない。それどころか、官僚が「ここはオフレコで」と言うと、唯々諾々と従ってしまう。「なにを報じて、なにを書かないか」というメディアの生死にかかわる最重要の判断基準を官僚に委ねてしまっている。だから、官僚に本当に都合が悪い話はなかなか表に出てこない。

 「政府は国民を守り、メディアは真実を伝えている」と思われたパラダイムが大震災と原発事故をきっかけにガラガラと音を立てて崩壊している。多くの国民が「本当に起きていることはなんなのだ」と怒りをにじませて、声に出している。そうした認識の変化である。

深刻な危機になればなるほど、本当のことをが書かないメディア

 普通の人々が認識の大変化をもっとも先取りして、肌感覚で理解している。ところが、メディアはその変化を捉えきれず、相変わらず政府と東電の発表を追いかけるのに精一杯になっている。

 たとえば、メルトダウン(炉心溶融)と汚染水問題である。

 原発がメルトダウンしているのは、事故の非常に早い段階から多くの専門家が指摘していた。いまになって「専門家の間では常識だった」などと報じられているが、そうと知っていたら、なぜ書かなかったのか。

 汚染水も毎日、上から大量の水を注ぎ込んでいるのだから、汚染除去に成功して循環システムが構築できない限り、タンクに収容するといっても、いずれ満杯になるのは、だれにも分かる話だった。それなのに「タンクへの収容話」は連日報じられても「一杯になったらどうするのか」はほとんど報じられなかった。

 私は専門家ではないが、常識的に考えて抜本的な解決策が見つからない限り、いずれ高濃度の汚染水が再び、海に垂れ流されてしまうのは時間の問題だと思う。

 メディアは基本的に当局が言わない話は書かないのだ。なぜなら、当局が言わない話なら「当局によれば」と責任転嫁できず、メディア自身が責任を負わねばならなくなる。あるいは「風評被害を撒き散らすのか」と批判されかねないからだ。

 深刻な危機になればなるほど怖い話を書けなくなる、というジレンマに陥っている。

 これは、かつて「大本営発表」を垂れ流した事情と本質的に同じである。当局が好ましくない「戦争は負けている」という真実を書けば、メディアの責任が問われ、投獄されてしまう。いまは投獄されないかもしれないが「風評被害」と批判されるのだ。

 たとえば、メルトダウンは4月末にテレビ朝日系列の『朝まで生テレビ!』に出演した原発推進派と反対派の専門家が番組中で奇しくも一致して認めていた。推進派と反対派が一致して「もうメルトダウンしていると思う」と語ったところに「報じるべき、新しいニュース」があった。

 スタジオで同席していた私がその点を指摘すると、なにが起きたか。

 同じく出演していた大塚耕平厚生労働副大臣が私の発言に割って入り「ちょっと待ってください。これは全国の人が見ている。まだ分からないことを確定的に言うべきではない」と発言を制止したのだ。

 このシーンが事態を象徴している。

 大塚はそうやってメルトダウン話が一人歩きするのを封じた。私が「あなたは政府の人間だからね」と言ったら、大塚は「いや、そうじゃない」と返した。大塚は分かっている事態を正確に伝えるべきだと思ったのかもしれない。それはそれでよし、としよう。

 だが、メディアが政府と同じであってはいけない。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら