鳩山政権が読み間違えた
「政治の基本メカニズム」

大迷走した普天間飛行場移設問題

 米軍の普天間飛行場移設問題は迷走の末、もともとの現行案である沖縄県名護市辺野古周辺への移転を軸に大筋決着する見通しになった。いったい、今回の迷走劇をどう受け止めたらいいのか。

 そもそもの出発点をたどってみると、民主党が昨年の総選挙で掲げた政権公約(マニフェスト)には次のように記されていた。

 「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」。これだけだ。

 私は、鳩山由紀夫政権が米軍の普天間飛行場移設問題で「見直しの方向」で臨んだこと自体は間違っていないと思う。国民の大きな支持を得て誕生した新政権が自民党時代の前政権下で決まった政策を見直すのは、むしろ当然でもある。

 なんの見直し作業もせずに、そのまま継承してしまうほうがよほどおかしい。それでは、せっかく多数の民意を得て政権交代した意義が薄れてしまう。国民が政権交代を求めた理由の中には「前政権が決めてきたことが本当に正しかったのかどうか。普天間問題を含めて、よく確かめてほしい」という気持ちもあったに違いない。

 一般的に言えば、前政権の政策を見直す(レビューする)ことこそが政権交代の意義である。政権交代の前であれ後であれ、新政権による見直し作業が新しい政策を決める前提になるのだ。

 しかし、だからといって「見直しの結果」が必ず前政権と異なる結論に達しなければならない理由はない。前政権の政策とその決定過程をしっかりと検証して、その結果、同じ結論になったとしても「見直し作業」はそれ自体、十分な意味がある。

 新政権が見直した結果、同じ結論にたどり着いたとすれば、その結論(今回のケースでは、沖縄県名護市辺野古への移転)は正統性を強める。政治的に異なる立場から検討しても、やはり同じ結論になるのであれば、政策決定手続きが民主主義の下で十分に尽くされた形になるからだ。

 そう考えれば、鳩山政権が下した「辺野古移転への逆戻り」という結論は「新政権としてやるべき仕事をやった」と評価することさえ可能である。同じ結論になったからといって、ただちに「鳩山政権は許せない」と批判される理由にはならない。

 ところが、いま起きている事態は国民感情もメディアの報道もほとんど政権批判一色に近い。それはなぜか。そこのところが、まだ十分に整理されていないのではないか。

 鳩山政権は「辺野古移転」という結論に戻ったから、ダメなのだろうか。もちろん辺野古移転にあくまで反対という立場からの批判もある。福島瑞穂党首が率いる社民党がそういう立場である。

 だが、いま多くの人々が抱く批判は辺野古移転自体に対する反対論というより、もっと根本的な「鳩山政治に対する不信」に根ざしているのではないか。手順さえ間違えなければ、人々は辺野古移転を受け入れた可能性さえあるように思う。どういうことか。

 マニフェストに記した「見直しの方向で臨む」とは本来、辺野古移転という結論とそこに至る決定過程を検証するという意味合いだったはずだ。「辺野古をやめて別のどこかに移転する」というなら、そう書けばいい。

 そうは書かずに「見直しの方向で臨む」とあいまいにしたのは、ずばり言えば、現行案に戻る場合もありうることを想定していたと思われる。少なくとも「辺野古をやめる」と断言するほど、昨年夏のマニフェスト段階では民主党として方針を決めていなかった。

 ところが、鳩山首相(当時、代表)は昨年の総選挙前から「国外、少なくとも県外」と初めから結論を言ってしまった。間違いはここから始まった。あたかも先に「結論ありき」のような形になってしまったのだ。

 すると、国民は「では見直し作業はいつするのか」という疑問を抱く。

 鳩山政権は見直し作業をとっくに終えて、腹案も用意している。その結果「国外、少なくとも県外」に移転するという結論に達している---そう考えるのが自然だろう。事実、首相があそこまで言うのだから当然、腹案があるはずと考えた人も多い。

 ところが、そんな冷静な見直し作業も腹案もなかった。いまとなっては、先に結論があって、後から見直し作業(事実上は移転先を国外か県外に絞り込む作業)が追っかけてくるような形になったのは、まったくあきらかだ。これは「政治の仕方」として完全な倒錯である。

 本来なら、まず見直し作業がきちんとあって、その結果、新たな結論に達するのでなければおかしい。ところが結論を先に言ってしまったうえで、見直し=新たな候補地選定作業を後から泥縄式にやって結局、破綻した。それでは仕事の手順が逆である。だから、多くの国民が「裏切り」と感じて怒っているのだ。

 高尚な政治的目標を示すだけなら、べつに政治家に教えてもらわなくてもいい。書店に行けば、いくらでも買える。国民が選挙で国会議員を選び、税金で仕事をしてもらうのは、国民が政治家と目標を共有するとともに、自分に代わって政治家に目標を実現してもらいたいからだ。

 本来、目標を実現するプロセスこそが政治の核心である。

 政策を考えるとき、まず目標を定めて内閣として意思を統一する。次に目標を達成するまでの実現可能なプロセス(工程表)を練る。同時に、全体のプロセスを管理する責任者を決める。今回の例では、本来の手順は前政権が決めた政策の見直し作業---新しい目標設定---工程管理という流れである。

 目標と全体の工程を固めるに際しては、国民に政策と決定過程を説明しなければならない。国民は政府の考えを聞いて、自分なりに目標の妥当性や実現可能性を判断する。

 あえて政権の立場で言えば、目標は緩やかにしておいて、そこに至るプロセスをしっかり管理し、必要に応じて進展具合をメディアに見せていくのが「エレガントな政治」と言えるかもしれない。もちろん、メディアの側が政権が意図したように報じるとは限らないが。

 今回の例で言えば、マニフェストで「見直しの方向で臨む」と書いたところまでは良かった。だが、せっかく柔軟に書いておきながら、鳩山代表(当時)が「国外、少なくとも県外」と言って、ぶち壊してしまった。

 実現が難しい案件であれば、最初の目標設定に柔軟性をもたせておき、工程が進むにつれて詳細を決めていく手法もある。たとえば公務員制度改革では、まず改革基本法によっておおまかな工程の全体プログラムを定め、その後、改革の進行具合に応じて個別案件の実施法を定めていくやり方を採用した。「プログラム法」方式である。

 こういうテクニックは、べつに自民党だろうが民主党だろうが関係ない。難しい政策課題を実現するための一般的手法と言ってもいい。

 ところが、今回の普天間問題では鳩山首相が真っ先に「国外、少なくとも県外」と言ったのを皮切りに、岡田克也外相は嘉手納基地との統合案をぶちあげ、平野博文官房長官はホワイトビーチ案を持ち出すなど、総理と閣僚がてんでバラバラだった。

 鳩山首相自身が自分の目標を勝手に喋ってしまったために、内閣として統制がとれない状況に陥った感がある。少なくとも内閣が早い段階で意思統一した気配はない。

 目標自体が内閣の中でバラバラなのだから、実現を目指した見直し作業=候補地選定作業が迷走するのは当たり前だ。迷走には理由がある。メディアが目に見える部分だけをとらえて「迷走」と指摘しただけでは批判にならない。

 驚くべきことだが、ようするに鳩山政権は「目標設定---プロセス管理」という「政治そのもの」がなかったのである。もっとも本質的な問題はここにある。

 日本では、そんな目標設定---プロセス管理という政治の役割を官僚が担ってきた。皮肉なことに、鳩山政権は脱官僚依存を掲げて官僚の影響力を排除しようとしたとたんに「政治そのもの」を喪失してしまったかのようだ。

 政治家が「政治」を失ってしまうと、どうなるか。

 懸念されるのは官僚の復権である。政権が大失敗した形で辺野古への逆戻りになって、もっとも喜んでいるのは官僚ではないか。「やっぱり俺たちに任せないとどうにもならないと国民は分かったはずだ」と舞台裏で笑っているに違いないのである。

組閣人事も失敗だった

 しかも、鳩山政権はプロセス管理の責任者に平野官房長官という内閣でもっとも忙しい人間を充ててしまった。官房長官は内閣全体の政策調整が仕事なので、複雑な普天間問題を仕切ったとしても不思議ではない。ただ、現実には荷が重すぎた。

 沖縄・北方問題の内閣府特命担当大臣は前原誠司国土交通相が兼務したが、前原大臣は八ッ場ダムや日本航空の再建を抱えて大忙しだった。やはり普天間に象徴される沖縄問題を担当する専任大臣をおくべきだった。

 ついでに言えば、前原大臣もまた日本航空の再建問題で「法的整理はしない」といきなり結論を言ってしまい、後で苦しい事態に追い込まれている。政策目標を実現するプロセスをよく検討する前に、理想的な香りが漂う結論を先にぶち上げるのは民主党政治の特徴であるかのようだ。

 ガソリン税暫定税率の廃止見送りといい、高速道路無料化の挫折といい、国民は鳩山政権の甘い言葉に隠れた未熟な体質を見抜いている。政権交代の意義に加えて「柔軟な目標設定と現実的な工程管理」「必要に応じた国民への説明」という基本をしっかり踏まえていれば、辺野古移転への逆戻りという意外な結論もこれほど批判されずにすんだのではないか。

 民主党が政権を担い続けようとするのであれば、なにが真の問題だったのか、しっかりと失敗の教訓を学ばねばならない。「政治の基本メカニズム」を理解していないのであれば、教訓を学ぶのも難しいかもしれないが。

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