平松大阪市長に南海地震対策を聞く
「まず高層ビルを緊急避難場所に
最大5mだった津波対策を見直してます」

東日本大地震が変えた自治体の地震対策
産経新聞2011年3月18日朝刊に紹介された被災地を走る大阪市交通局バスの写真は話題になった

 未曾有の被害をもたらした東日本大震災から、2ヶ月半が経過した。

 菅直人首相率いる日本政府や、世界最大級の福島第1原子力発電所事故を起こした東京電力の対応はいずれも、遅いうえに、稚拙なものばかり。各方面から批判が起きている。

 そうした批判の陰になって目立たないが、実は、両者とは対照的に、東北3県の被災地の復旧支援において、全国の市町村による救援、復興の支援が、実働部隊として着実に貢献している。さらに加えるならば、自治体レベルでは、東日本大震災を教訓に、後手のまわる国を尻目に、新たな巨大地震に対する防災対策や風評被害の解消に向けて、行動を起こしているところが珍しくない。

 いったい、なぜ、国が後手に回っている一方で、市町村は機動力を発揮できているのだろうか。震災直後に速やかに市バスを被災地に派遣、その写真がWebなどでも話題になった大阪市の平松市長に単独インタビューを試みた。同時に、その可能性が指摘されている東南海など大型地震への対策を聞いた。

大切なのは市町村レベルの共助

―まず、大阪市として、被災地に対し、どのような支援をしたのか聞かせて下さい。

「大阪市は、震災の当日、災害対策本部を立ち上げました。

 翌日には、毛布や乾パンといった救援物資を市バス2台に乗せて被災地入りしています。

『大阪市営 緊急消防援助隊』と掲げたバスが、雪の岩手県内を走行する様子を報じた新聞もありました。道路の両脇には、瓦礫が積み上がっている、生々しい写真です。

 被災地と大阪市は、直線距離にして800キロメートルほど離れています。が、被災した方々は、『大阪市』と書かれたバスや救援物資、職員の腕章などを見て、援助部隊が遠くから来たのを知り日本中が支援に乗り出したことがわかって、非常に勇気づけられたと聞いています」

「縁あって、当市の消防局は今なお、釜石市での消防支援を継続しています。

 国の指示に応じて、堺市の消防と共に緊急消防援助隊として出動し、任務を終えて帰還しようとしたところ、消防車など機材の4分の3を津波にさらわれてしまい手の施しようがないので残ってほしいとの要請を受けたからです。消防車だけでなく、救急車も派遣しています。先日も、行政職を4人派遣し、罹災証明の発行事務などに携わらせています」

「国もここへきて、ようやく気付いて、積極的に指示してくれるようになってきましたが、こういう事態において非常に重要なのは市町村レベルの共助です。

 というのは、国や府県のような間接行政の役人ではなくて、大阪市など現場密着型の基礎自治体の役人でないとわからないような住民密着型の行政サービスがたくさん存在するからです。

 例えば、我々の水道局は、茨城県茨城町の水道の復旧作業にあたったのですが、副町長から『大阪市水道局の手際のよさに目から鱗の連続でした』と大変なお褒めの言葉をいただきました。(実は、大阪では、橋下徹府知事がかねて、府と市がそれぞれ個別に水道事業を運営している点を「無駄な2重行政だ」として、平松市長が率いる大阪市を強く批判している=筆者注)」

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