わずか1ヵ月で「不起訴処分」を
決めた東京地検特捜部の裏事情

検察審査会も利用する「法務・検察」の唯我独尊

「最強の捜査機関」といわれる東京地検特捜部が政界に激しく切り込み、検察首脳が抑えにかかるという構図は、過去にも何度も見られたことだ。

 特捜検事は猟犬だ。一方、最高検や東京高検の首脳は、法務省の特別機関である検察庁の行政官である。「検察の正義」より「国家秩序」を優先することもある。

 今回の「小沢捜査」はその典型だろう。石川知裕元秘書(現代議士)らが、2月4日に政治資金規正法違反で起訴された時、特捜部は、石川元秘書が小沢一郎民主党幹事長の政治団体「陸山会」の収支報告書への不記載を小沢氏に「報告し了承を得ていた」と、供述していたことから「小沢起訴は可能」と判断していた。

 だが、検察首脳は待ったをかける。具体的には大林宏東京高検検事長と伊藤鉄男最高検次長が、「もっと具体的に、小沢が了承のうえで指示を出した、といった詳細な供述を取らなければ起訴は認めない」と、ハードルを高く設定した。

 石川元秘書もそこまでの具体的供述はしない。それが「小沢不起訴」の原因だった。

 そして今回、4月27日の検察審査会での「起訴相当」を受けた再捜査でも、新証言、新証拠を掴むことはできず、2度目の「不起訴処分」を出すことになった。小沢氏に3度目の聴取を行い、3秘書も再聴取したが、小沢氏の「知らぬ存ぜぬ」のカベを突破できなかった。

 検察首脳が、特捜部の手足を縛った末の「捜査の失敗」のようにも思える。しかし、この「検察首脳」と「捜査現場」との分断が、改正検察審査会法によって、"穴埋め"されるという事実は意外に知られていない。

 以下に説明しよう。

 検察官は、一人ひとりが「独任官庁」としての強い権限を有している。だからこそ行政官としての制約を受けて、検事総長の指揮命令系統に従う「検察官一体の原則」を持つ。

 とはいえ、猟犬である特捜検事にとって、政治家の背中がさわれるところまで捜査を積み重ねてきた場合、もし土壇場で検察首脳にストップをかけられても、捜査は継続したい。そう思えば、「検察官一体の原則」を守りたくはないだろう。

 マスコミへの情報リークは、そうした際に起こる。リーク報道によって取材合戦が過熱、「検察はなにをやっている!」といった感情が国民のなかに生まれると、いかに検察首脳が捜査に消極的でも、それを中断させることはできなくなるからだ。

 こうした「上」と「下」とのせめぎあいのなか、それでも「一体の原則」を守りながら捜査は進展する。そして今後、「一体」を助長することになるのが検察審査会である。

 かつては形だけの監視機関だった検察審査会だが、2回の「起訴相当」で強制起訴できるようになった。つまり検察は、たとえ検察首脳が抑制しても、「市民の正義感」に基づく審査会によって、捜査現場が望む起訴を、楽々と獲得できることになった。

 「起訴相当」は、審査員11人中8人の同意を必要とする。いっけん、それはかなり難しいように思える。しかし、実際に素人の審査員の論議をリードするのは、法務官僚で構成される事務局と、検察との親密な関係を維持したい補助弁護士である。

 小沢氏の「起訴相当」を議決した東京第五検察審査会の補助弁護士は、ヤメ検で元裁判官の米澤敏雄弁護士だった。さらに、検察審査会に提供される検察の資料や検事の捜査説明も「検察寄りの結論」を生む。

「話したくないなら話さなくていい。しかし検察審査会が2度、起訴相当を出したら小沢さんは強制起訴される。そんな道もあるんだからな!」

 最後に石川元秘書を取り調べたのは直告1班の吉田正喜副部長(当時)は、言質を取らせまいとする石川元秘書に、こう啖呵を切ったという。

 こうした事情を考えると、2度の「不起訴処分」を受けた検察審査会が、もう一度「起訴相当」という議決を出す可能性は高い。そうなれば強制起訴となる。検察は、「"お白州"に、小沢一郎を引っ張り出したい」という念願を叶えることができるのだ。

背後にある「検事総長人事」

 最終的に検察審査会で起訴に持ち込めるという余裕が、5月末に結論を出すという短期間での「不起訴処分」につながった。本来、4月27日に「起訴相当」が出てから、特捜部は3ヵ月以内に起訴か不起訴かの処理をすればいい。普通なら、再捜査に時間をかけたというイメージを作るためにも、ギリギリまで待って処分を下すだろう。

 ところが今回は、1ヵ月のスピード決着だ。5月末というのは「参院選に影響を与えず、政治的中立性を保つため」と、説明された。半分事実だが、そこには6月17日に東京高検検事長の63歳定年を迎える大林検事長を、その前に検事総長にしたいという樋渡検事総長の思惑があった。検事総長定年は65歳だからである。

 これまでも指摘されているが、昨年3月に始まった「小沢捜査」には、検事総長人事の内閣同意制、検事正の公選制、取り調べを録音録画する可視化など、多くの改革を突き付ける小沢民主党への牽制があった。同時に、「角栄・金丸流」の利権政治を継承する小沢氏の政治姿勢への反発もあった。

 こう考えれば、1年以上の長きに渡った「小沢捜査」は、検察の都合によって始まり、「一体の原則」を崩さず、「法務・検察」という組織に政治を介入させることもなく、最後には「小沢起訴」に持ち込むという、検察の望む形で決着する。

 最後の聖域として恐れられ、強大な権力を手放さず、法改正も有効活用する検察――批判をいくら浴びようと、いまだ唯我独尊の組織であり続けている。

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