メディア・マスコミ
「CIA秘密収容所」
スクープを助けたブロガー情報

 アメリカ中央情報局(CIA)が人権や国際法を無視してテロ容疑者を拉致し、世界各地に設置した秘密収容所「ブラックサイト」で拷問している――。前回紹介した通り、これはワシントン・ポスト紙のスター記者デイナ・プリーストによる特報で、2005年11月2日付の紙面で掲載された。

 ブラックサイトについては今では広く議論されているが、当時はどこに存在するのかはもちろん、その存在さえ知られていなかった。

 ブラックサイトの受け入れ国でも通常、その国の大統領と諜報機関のトップ数人だけが握る国家機密だった。こんな機密情報にプリーストはどうやって肉迫できたのだろうか。

 プリーストは昨年秋にカリフォルニア州クレアモントを訪れた際に、ブラックサイトの全貌を明らかにするまでの取材の経緯を語っている。

 2002年春、「9・11」同時多発テロから半年後のこと。プリーストは、アフガニスタンの古都バグラムにあるアメリカ空軍基地を訪問していた。ピュリツァー賞の最終選考にも残った著書『終わりなきアメリカ帝国の戦争――戦争と平和を操る米軍の世界戦略』の最終章を書くのに必要な取材をするためだった。

 そのとき軍の広報官がこう指示したのである。

「この道を真っすぐ行くとカフェテリアがあります。独りで行ってもかまいません。軍に同行してあちこち取材するのも自由です。ただし、あの一画だけは別です。決して行かないでください」

 「あの一画」は黒いシートで覆われた鉄条網で仕切られ、奥からは巨大なアンテナが突き出していた。近くには航空管制塔が築かれ、その前には全長1キロに及ぶ滑走路が敷かれていた。

 滑走路では軍用ヘリコプター「ブラックホーク」や「チヌーク」のほか、近接航空支援機「A10ウォートホッグ」が待機していた。これからアフガニスタンでの対テロ戦争に繰り出されるのだ。

 広報官と別れて独りになったプリースト。湾岸戦争時には戦地へ赴いて取材するなど戦争取材の経験も豊富な「戦うジャーナリスト」であり、広報官の指示に律儀に従うはずもなかった。管制塔を横目にしながら、用心深く「あの一画」へ向かった。

「だれが出入りしているのだろう」と思案しながら、「あの一画」の周辺でしばらくうろうろしていた。すると、突然声をかけられた。

「やあ、デイナじゃないか! ここで何しているんだ?」

 声の主は、陸軍特殊部隊「グリーンベレー」の隊員。プリーストはこの隊員をよく知っていた。『終わりなきアメリカ帝国の戦争』のためにナイジェリアを訪問した際、取材の一環として一緒に行動したことがあったからだ。

 プリーストは隊員にあれこれ質問したが、「あの一画」について食い下がることはなかった。この時点では「そこに重大な秘密が隠されている」という確信を持てなかったからだ。それでも収穫はあった。隊員から「われわれはアフガニスタンだけではなく、パキスタンでもいろいろとやっている」という話を聞けたのだ。

 プリーストはこう思った。

「9・11以降、アメリカはアフガニスタンと戦争状態にあるが、パキスタンとは戦争状態にない。にもかかわらず、パキスタンでも何かやっている。わたしたちが知らない事がまだたくさんあるにちがいない」

「感覚遮断」という拷問

 半年以上たった同年12月26日、ワシントン・ポストの1面に「海外で拘束されるテロ容疑者、アメリカは『虐待』を否定するも『尋問』を肯定」という見出しの記事が出た。筆者はプリーストだった。

 記事の冒頭で、彼女は「バグラム空軍基地内の立ち入り禁止区域。そこにテロとの戦争で最高の"戦利品"が隠されている。捕らわれの身となったアルカイダとタリバ ンの指導者だ」と書いた。

 アルカイダは「9・11」を主導したとされるテロ組織、タリバンはアフガニスタンの反政府武装勢力だ。翌日、イギリスの高級紙ガーディアンなどがプリーストの記事を「転電」する形で追いかけた。

 後になって判明したのだが、バグラム空軍基地の「あの一画」は、9・11直後にCIAが設置した初期ブラックサイトの1つだった。

 黒いシートで覆われた鉄条網の内側にはさらに2重の鉄条網があり、そこでアルカイダ指導者らテロ容疑者が拘束され、「尋問」を受けていた。実態は自白を強要するための「拷問」だったが、当局はひた隠しにしていたのである。

 何年か後、プリーストがアメリカ側の尋問者から直接聞き出したところによると、最も効果的な方法は「感覚遮断」だった。黒く塗りつぶしたゴーグルで視覚を奪い、音が聞こえないヘッドホンで聴覚を奪い、厚手の手袋で触覚を奪う――。戦争捕虜の人権を定めた「ジュネーブ条約」に違反する行為である。

 プリーストはブラックサイトの全貌を明らかにする過程で、彼女のトレードマークでもある調査報道の手法を活用している。つまり、ホワイトハウスやCIAなど権力の中枢から情報をリークしてもらうのではなく、周辺から少しずつ事実を集めて全体像を描き、最後に当局にぶつけるのだ。

 そのため、彼女が書くブラックサイト関連の記事にはいわゆる「日付モノ」がない。

 日付モノとは、記事中に掲載日の前日や当日の日付が入っている記事のことだ。たとえば、20日付紙面で「オバマ政権は19日、アメリカ軍増派の方針を決めた」や「政府は20日、新経済対策を発表する」と書いてあれば、それが日付モノだ。第3回のコラムでも書いた「発表先取り型」も日付モノである場合が多い。

 日本の新聞社は「日付モノこそ新鮮なニュース」と見なして、重宝する。紙面で大きく扱ってもらうために、デスクが記者の原稿に無理やり日付を入れて、形だけ「日付モノ」にすることもある。

 日付モノが独自ネタであれば、「特ダネ」と銘打って1面トップ候補にする。インターネットの時代に、事実関係だけを簡潔に伝える速報ニュース型の記事に、今も傾斜しているのである。

 一方、調査報道的な記事については「調査モノ」として、「傾向モノ」や「まとめモノ」と同等に扱う傾向がある。すなわち、「日付モノが足りなくなる場合に備えて用意しておく」程度の位置づけにしている。こんな環境下では、日付モノを書かない記者は「取材先に食い込めないから、傾向モノかまとめモノしか書けないのだ」などと軽蔑されがちだ。

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