投資家が格付け会社を
信用しないほうがいい理由

ギリシア問題であらためて考える

 ギリシア問題で市場が大揺れだったが、先週、小さいけれども気になるニュースが目に入った。

 ブルームバーグが報じたニュースなのだが(「ムーディーズ株7ヵ月ぶり安値-SEC行政手続き事前通知」)、5月10日の米国株式市場でムーディーズ・インベスター社の株価が6.8%も急落し、昨年10月以来の安値となったが、その背景が「米証券取引委員会(SEC)が同社に対する行政手続きを検討していることが明らかになり、売りを浴びた」ということであった。

 記事によると、ムーディーズ社は、同社の格付け会社としての適性に関連して、SECが違法行為の排除と阻止に関する行政手続きを検討しているとの通知を受け取ったことを選週末である5月7日に明らかにした(投資家にとっての重要情報だから明らかにする義務がある)、ということらしい。

 ギリシアの問題と、ムーディーズ社の問題と、二つの問題は、実は無関係に起きているのかも知れないが、ギリシアをはじめとする欧州の問題に対してムーディーズ社、あるいは同類の格付け会社が「悪さ」をしないように、という牽制の意味で米政府ないしSECが行動を起こしたのではないか、という連想がつい働いてしまう。

 仮に、ギリシア、ポルトガル、スペインなど財政弱体国の国債、或いは不動産バブル崩壊後のバランスシート悪化で苦しんでいるはずの欧州の銀行の株式ないし債券をショート(空売り)しようとする主体があった場合、ムーディーズのような格付け会社を味方に付けるか、共謀して行動する味方でないまでも、内部情報を得ることが可能であれば、極めて有利なポジションを取ることが出来るだろう。

 格付け会社との共謀、あるいは上記のような情報洩れを例えばヘッジファンドや金融機関の自己取引勘定のような主体が利用することは、明らかに悪いし、おそらく違法の要件を満たすだろう。

 これら以外にも、考えてみると、格付け会社自体が、格付けを操作し、情報の出し方をコントロールすることで、重要顧客の利益をバックアップして自分のビジネスを有利に運ぶような「片八百長」も出来るだろうし、自分達の商売を有利に運ぶために、格付けが問題になる状況を自ら演出する可能性も無しとしない。

 現在のような状況下にあっては、格付け会社は、少なくとも波乱を起こしうる存在として警戒して置くことが必要だ。

 他方で、格付け会社はこれまでそれなりではあるが、信頼を得ていた場合もある。

 筆者も、かつて、のんびりしたゲーム理論の入門書か何かで、格付け会社が甘い格付けを連発して自分達の商売に有利な状況を作るような行為に対しては、将来「評判の悪化(の可能性)」が抑止力として働くから、格付け会社を(ある程度)信用することができるのだ、というような見解を読んだことがある。

 確かに、こうした抑止力が働く局面もあるだろうが、上記の見解は、実質的なプレーヤーが「格付け会社」という組織ではなく、格付け会社の経営者個人であったり、格付けアナリスト個人であったりすることを十分考慮していない。

 不正が表沙汰にならない限りにおいて、格付け(会社)に関わる個人は、格付け情報を操作したり、格付けに関する情報を洩らしたりすることで、経済的なメリットを得る可能性が十分ある。

 しかし、格付け会社を正しく機能させる方法は、簡単には見つからない。

 サブプライム問題を見ると、格付け会社の大きな問題が債券の発行者から格付けの費用を貰うビジネスモデルにあることは明らかだが、これを禁止することが適当だとも思えない。

 情報の出し方によっては、こうしたビジネスモデルによる情報でも「無いよりはまし」なケースがあるし、何よりも債券発行体、格付け会社双方の自由な取引なので、これを禁止する根拠がない。

 ただ、たとえば公的機関の資金運用などで、この種の格付け会社の格付けを基準に使った投資適格基準などは採用しない方がいいだろう。もともと癒着が疑われるビジネスモデルに公的機関が加担するのはまずい。

 問題のおおもとは、むしろ、投資家側が横着をして格付け会社の情報で投資しようとすることにあると考えるべきだろう。投資家が格付け会社を頼らなくても投資が出来るようになれば、それが一番いい。

 それにしても、株式なら証券会社のアナリストの推奨を簡単に信じない人でも、債券投資となると格付けに頼ることが多い(筆者自身にも、そうしかねない危うさがある)。

 一つには債券投資の信用分析は処理すべき情報が非常に複雑だ。もう一点、デフォルトというものはそう頻繁に起こるものではないし、投資の判断を行ってからデフォルトが起こるまでに随分時間が掛かることもある。株価の上下で早く結果が表れる株式投資と異なり、債券投資の信用リスク面の問題に関しては、学習が働きにくいのだ。

格付け会社の評価をデータベス化すべし

 格付け会社が付与した格付けの履歴とその後に関するデータの整備が不十分なことにも問題がある。自社が行った格付けとその後のデフォルト率のデータを集計値として公開している格付け会社はあるが、率直に言って、この情報を信用していいとは思えない。

 格付け会社の格付け行動を客観的にデータベース化する必要があるのではないだろうか。現在、投資家が、格付け会社を評価する十分な情報を持っているとは言い難い。

 債券の発行に関しても、広く一般投資家が信用リスクを判断できるような情報の開示を推進すべきだろうし、債券そのものの条件もリスク評価がしやすいように、もっとシンプルにすべきではないだろうか。

 加えて、個々の格付けに関する格付け会社の個々の社員の関わりや、格付け会社とクライアントとの取引状況についても、公開がなされるべきだろう。格付け会社が特定の発行体から大量のビジネスを受けている場合、その発行体が発行する債券の評価にあたって「手ごころ」を加える可能性は十分あるから、これは重要な情報だ。

 債券取引そのものの透明性向上、格付けに関わる会社と人の情報開示の推進、といった形で、債券の投資家を相対的にレベルアップすると共に(注;発行体や証券会社にとっての旨みが減るかも知れないが)、格付け会社とその社員が将来の「評判」をもっと大切にするようなインセンティブの仕組みを設計することが大切だ。

 日本に限らないが、今後、規制監督当局の創意工夫を期待したいところだ。

 そして、何はともあれ、投資家は、現在の格付け会社を信用しないことと、彼らが「悪さ」をする可能性に注意を払うことが大事だ。 

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