「北方領土返還」
ロシアからのサインを読み解く

「勢力均衡」に舵を斬る鳩山外交

 現下、日本国家における最大の不幸は、全国紙やテレビ局の記者が国家官僚と同質化現象を起こしていることだ。その理由は簡単である。偏差値秀才型の記者が多くなったからだ。夏目漱石の小説『それから』に平岡という新聞記者がでてくる。

 大学で主人公の代助と同級生だったが、民間企業に就職し、会社のカネに手をつけてクビになり、しばらく浪人してた後、新聞記者になった。この小説を読むと「羽織ゴロ」と言われていた頃の新聞記者文化がよくわかる。

 最近でも、全共闘世代くらいまでの記者は、新左翼系の過激な学生運動、あるいは日本共産党(民青同盟)系の秩序正しい学生運動を経験していた人が多い。逮捕歴がある人もめずらしくない。頭がいいので、国家公務員試験の準備をすれば合格する基礎体力があるが、そういうことに価値観を見いださなかった人たちだ。

 記者志望の学生と、官僚志望の学生は、そもそも気質や趣味が異なっていた。

 ところが、現在、新聞社やテレビ局の第一線で取材を行っている記者には、ほとんどが偏差値の高い大学の出身で(かつてはそうではない大学の出身者がテレビ局に多かった)、国家公務員試験の準備も少しして、銀行や外資系企業も受験し、マスコミも朝日、読売、産経という社論の傾向にかかわりなく受験し、合格した中からもっとも将来性がある職業としていまの会社を選んだという人が多い。

 こういうマスコミ人たちには、がさつで下品な叩き上げ政治家や、気むずかしい作家よりも、中央官庁の官僚たちがよい人のように見えてくる。官僚は、新聞記者やテレビ局社員よりもずっと安い給料で夜遅くまで仕事をしている。威張り散らしているわけでもなく、記者が何かを尋ねれば、教えてくれる。

 積極的に嘘をついているようには思えない(積極的に嘘をつくような情報操作はレベルが低く、効果が上がらない。こういう稚拙なことを行うのは一部の外務官僚くらいだ。官僚の情報操作は、通常、事実のある部分だけを強調し、官僚にとって都合の悪に部分を隠すという形態で、マスメディアを官僚に都合がよい方向にミスリードすることによって行う。しかもこのミスリードを無意識のうちに行うので、官僚は情報操作に対する罪悪感をもたない)。

 官僚は、親しい記者にときどき「特ダネ」を流してくれる。それだから、現場の記者たちには、官僚がそれほど悪い人のように思えないのである。

 むしろ、官僚叩きで大衆のポピュリズムを刺激し、権力基盤を強化しようとしている民主党連立政権のほうが悪い存在のように、中央官庁を担当している記者には何となく見えてくる。これが筆者の言う国家官僚と記者の同質化現象だ。

 この同質化は無意識のうちに進んでいるので、矯正が難しい。現在の日本の記者の視界に入らない、国内政治や外交の現実を読み解くことで、同質化現象が国民の知る権利に応えていないことを明らかにするしか術がないと筆者は考える。

 その観点で5月10~13日の鈴木宗男衆議院外務委員長のモスクワ訪問が興味深い。鈴木氏はロシア事情に通暁している。北方領土交渉を再開する突破口をつくるタイミングを見極めて、この時期に訪問した。筆者の見立てでは、その理由は2つある。

 第1の理由は、沖縄の米海兵隊普天間飛行場の移設問題と関係している。鳩山総理が当初予定した5月末までに普天間問題が解決できないことが確実になった。当面、日米関係はこの問題が重要懸案となる。このままだと日本外交は普天間問題だけに収れんしてしまう。そうなると日本外交の縮小再生産のスパイラルに入る。

 この局面を打破するために、現在、潜在力を使い切れていない日露関係を発展させようと鈴木氏は考えている。反テロ、資源エネルギー、ハイテク(特にナノテクノロジー)などの分野で、日露協力を戦略的に進めることによって、懸案の北方領土問題を解決することを鈴木氏は考えている。

モスクワ出発直前に首相と交わした会話

 モスクワに出発する2日前の5月8日に、鈴木氏は総理官邸で鳩山由紀夫総理と30分間会談した。鈴木氏はこの会談の内容について筆者に「普天間問題と北方領土問題について半分くらいずつ話した。

 北方領土について、鳩山総理は『鈴木さんの言う現実的解決論でいきたい』と言っていた」と述べていた。現実的北方四島返還論が鈴木氏の持論だ。これにはいくつかの形態があるが、一例をあげれば次のシナリオだ。

 歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島からなる北方四島に対する日本の主権確認を求めるという基本方針は揺るがさない。ただし、1956年宣言で日本への引き渡しが約束されている歯舞群島、色丹島についての解決と、引き渡しについてロシアが一切コミットしていない国後島、択捉島の扱いに差異をつけ、交渉を行う。

 2001年3月、イルクーツクで行われた森喜朗総理とプーチン大統領の首脳会談のときの方針に立ち返るということだ。この現実的四島返還論に基づくならば、北方領土交渉が再び動き始める。

 第2の理由は、最近、ロシアで反日機運を煽る動きがあり、その流れを抑えるためだ。今年の5月9日は対独戦勝65周年の記念日で、現在、ロシアの愛国感情が高揚している。ロシア政界の一部に9月3日を「軍国主義日本に対する勝利の日」を記念する祝日にしようとする動きがある。

 5月11日、鈴木氏は外交アカデミーで講演した。外交アカデミーは、幹部外交官や国際問題に従事する国会議員を教育する政策に影響を与える重要な研修機関兼シンクタンクだ。ロシアの外務次官と駐日大使を歴任したアレクサンドル・パノフ氏が学長をつとめる。

 この演説(5月17日付「ムネオ日記」に全文が掲載されている)は戦略的に実によく練られている。

 まず、日ソ中立条約に言及し、ソ連がナチス・ドイツに対して勝利することができなのは、日本がこの条約を遵守したからであると鈴木氏は強調する。

< 5月9日、対独戦勝65周年記念日を迎え、自分(鈴木委員長)からもこの歴史的な日を心からお祝いしたい。ソ連が対独戦争に勝利する上で日本は大きな役割を果たした。当時、日本はナチス率いるドイツと軍事同盟を締結していたが、同時にソ連とも中立条約を締結していた。

 中立条約とは、仮に、ソ連がどこかの国と戦争を始めても、日本は中立を保つ、また、逆に日本が戦争を始めても、ソ連は中立を保つということをお互いに約束したものである。当時、ヒトラーは日本に対し、ドイツとの軍事同盟を優先し、ソ連を攻撃するように何度も要請した。しかし、日本はそれをはねのけた。

 仮に日本が別の選択をしていたのなら、歴史は変わっていたであろう。日本の選択は正しかった。なぜなら、ファシズムは全く間違っていたからである。ヒトラー率いるナチスの悪行は言語に絶する。まずはこの点を皆様にお伝えしたい。 >

 過去の史実のどれを取り上げ、どう意味づけるかによって、歴史認識が大きく変化する。日本は中立条約を遵守したが、ソ連は一方的に破棄した。この史実を動かすことはできない。この点を衝いて、ナチス・ドイツと日本を同一視できないという認識を鈴木氏はロシアの政治家と有識者にもたせようとしている。

 さらにメドベージェフ大統領の発言を引用し、反スターリン主義という価値観を堅持することが国際社会におけるロシアの利益にかなうという見方を鈴木氏は示している。

< 自分(鈴木委員長)は、5月7日付の「イズヴェスチヤ」紙に掲載された、5月9日の対独戦勝65周年記念日を前にしたメドヴェージェフ大統領のインタビュー記事を読んだ。同インタビューにおいて、メドヴェージェフ大統領は次のように述べた。記事の一部を引用したい。

「当時のソ連国民に選択肢などなかった。命を落とすかもしれなかった。あるいは奴隷になるかもしれなかった。これは動かしようのない事実である。もう一つ、誰が始めた戦争かということである。この点はニュルンベルグ裁判の資料のみならず、多くの人の記憶に照らしても明らかである。

 大戦時の赤軍及びソ連国家が担っていた使命とその後起きたことを分けて考えることは、一般の人々の常識であり、歴史家の腕前というものである。」。

 また、スターリンに対しては、「自国民に対し多くの罪を犯し、彼の生涯に成功もあったが、国民への犯罪行為を許すわけにはいかない。」。

 このメドヴェージェフ大統領の言葉に全面的に賛成するものである。メドヴェージェフ大統領の考えは一貫している。例えば、2009年10月31日、メドヴェージェフ大統領は、スターリンの政治的弾圧について次のように述べている。

「弾圧は、正当化されるものではない。人間の命より価値の尊いものはない」

 これは非常に重い意味を持つ言葉である。自分(鈴木委員長)は、これまで一貫して、日露関係を、地政学的、戦略的に発展させるべきとの立場をとってきた。北方領土問題に関しても、当時ソ連が中立条約を侵して日本を攻撃した点だけを取り上げ、ロシアを激しく非難する人達がいる。

 しかし、そのような歴史認識に対しては、日本はナチス・ドイツの同盟国ではなかったのか、ソ連は英国や米国との約束を守って日本を攻撃したのである、ソ連のみが責められる筋合いのものではないとのロシア側からの反論を招いてしまう。

 このような議論は歴史専門家に任せるべきであり、我々は大きな歴史の中で、ファシズムが打倒され、ドイツも日本も、自由と民主主義を基本とする国家となったことに目を向けることが重要であると考える。 >

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