全国民必読 「この国はどこでどう間違えたのか」急速に衰える国力を憂う 
丹羽宇一郎(伊藤忠商事相談役)×田中秀征
(元経企庁長官)×田原総一郎(ジャーナリスト)

 多額の負債を抱え経営危機まで囁かれた伊藤忠をV字回復させた丹羽氏。細川内閣で首相補佐を務め選挙制度改革を成し遂げた田中氏。二人なら、いまの日本の転落をどう止めるのか。田原氏が迫った。

ヤワな日本、したたかな中国 

田原 先日、万博開催直前の上海に行ってきましたが、大変な活気を呈していました。

 伊藤忠は世界の商社のなかでも早くから中国と付き合ってきましたね。丹羽さん、現在の中国の勢いをどうご覧になっていますか。

丹羽 我々が中国とのビジネスを始めて38年になります。その中国はいま、生産国から巨大な消費市場に変わろうとしています。

 ちょうど1970年代前半の日本と同じです。

田中 大阪万博の開催が'70年。重なり合うものがありますね。

丹羽 日本やBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)の歴史を振り返ってみますと、各々の国に経済発展段階があることに気づきます。日本は'55~'90年が最も華々しい経済成長期でした。

 この35年間で、輸出額は7200億円から41兆円と57倍に、雇用者報酬は3兆5000億円から231兆円と実に66倍に増えています。

田原 凄い勢いだ。

丹羽 経済白書が「もはや戦後ではない」と記したのが'56年。

 当時から一貫して日本の高度成長を牽引したのが輸出だったわけです。それもアメリカという大消費国があったからこそで、自分の生産力以上の消費をするアメリカは、「浪費を作り出す人々」とまで言われました。

 この傾向は現在も続いていますが、ただ、アメリカの貿易赤字の60%は今や中国が占めるようになりました。

田原 いまやアメリカの本当に大事な貿易相手は日本ではない、と。

丹羽 そうです。日本の輸出産業が潤うことで雇用者報酬を増やし、それが国内の消費に回っていくのが'70年代前半でした。

 一方、6年前の中国の個人消費は83兆円で、日本の約3分の1(日本は284兆円)でしたが、いまは170兆~180兆円。急速に日本の6割程度にまで迫ってきた。日本の'70年代前半同様、中国経済を牽引する力が、外需から内需へとシフトする時期にきているのです。投資先も製造業から非製造業へと変わりつつあります。

田原 伸び盛りの中国に対して日本はどうかというと、経済産業省が最近まとめた『日本の産業を巡る現状と課題』によれば、一人当たりGDPが2000年には世界第3位だったのに、'08年は23位。

 IMD(国際経営開発研究所)の国際競争力調査では'90年の1位から'08年には22位に転落しています。田中さん、日本経済はどうしてこんなに行き詰まってしまったのですか。

田中 最大の要因は'91年にバブルが弾けてからの政治の対応がまずかったことでしょう。'88~'89年のリクルート事件以後、政治が熱病のように「政治改革」にとりつかれていて、重要な課題が横に置かれたままになってしまった。

田原 重要な課題? 

田中 要は経済政策です。なにしろ東西の冷戦が終結し、拡大経済が約束されなくなってしまったわけですから。当時の宮沢(喜一)総理が「これは300年に一度の歴史的変動である」とおっしゃいました。私は「300年というとフランス革命以前に遡ってしまいますよ」と笑ったんです。

丹羽 フランス革命は1789年ですね。

田中 宮沢さんの認識としては、フランス革命を上回る変動と捉えていたんですね。ですから世界のグローバル化に対しては、非常に大きな注意を払っていた。政権が変わるとき、次の細川総理との引き継ぎの会談に私も同席しましたが、宮沢さんの申し送り事項は2点。

 NPT(核兵器不拡散条約)と日本の国連常任理事国入りについてでした。つまり、世界の政治と軍事が一元化していくことを喫緊の課題と考えていたわけです。

 その一方で、特に熱っぽく語ったのが、中国の台頭に注意を払えということでした。ただ、政治だけでなく経済が一元化していくことに対しては配慮が足りなかった。この点については晩年、ご本人も気にしていました。

田原 つまり、社会主義経済の敗北が明白になって、世界経済が資本主義に一元化されたにもかかわらず、日本の政府は完全に対応が遅れたわけですね。バブルが弾けて歳入が減り、増税によって歳入を増やすか、歳出を減らすかしなければならないのに、細川政権も、その後の自社さ政権も自公政権も、借金ばかり増やしてしまった。

 その結果、国の借金は870兆円にも膨れ上がっています。財政危機に陥ったギリシャを、他人事と笑っている場合じゃない。

丹羽 なぜそうなったかというと、'89年のベルリンの壁崩壊、'91年のソ連自壊によって資本主義の天敵がいなくなった結果、資本主義の根源にある弱肉強食という悪しき性格が、なんの規制も受けずに走り始めたからです。

 いわゆるワシントン・コンセンサス、すなわち市場原理主義ですね。そこから"正しい改革"として自由化、規制緩和、民営化が打ち出されていく。

 ただ日本の場合、バブル崩壊の前に、もう一つ大きな出来事があった。プラザ合意です。

田中 一気に円高になり、日本の輸出は大打撃を受けましたね。

田原 大蔵大臣は竹下登さん。アメリカのベーカー財務長官が平身低頭して頼む姿に竹下さんは感動し、合意に応じた。当時の為替レート1ドル=235円前後を200円程度までなら容認していいだろうと。ところが、あっという間に200円を突破し、1年後には150円台にまで上昇した。

田中 いま急速に台頭している中国も、当時の日本同様、アメリカから通貨切り上げを迫られていますね。

田原 そう、そこを聞きたい。丹羽さん、中国は人民元の切り上げに応じると思いますか? 

丹羽 中国は日本の二の舞になるようなことは絶対にしません。一気に切り上げた場合の副作用の恐さを日本の経験から十分に学んだはずです。

田原 しかし、アメリカも簡単には引き下がるとは思えない。中国政府に対してかなり強い圧力をかけるんじゃないですか。

丹羽 それでも急速な切り上げはないでしょう。中国は日本のようにヤワではない。したたかですから。

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