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18歳の高卒青年が名門スタンフォード大の研究員になれたワケ

「遺伝子ゴールドラッシュ」の兆しか
小林 雅一 プロフィール

参入障壁が取り払われる

しかし他方で、もっとポジティブな見方も生まれている。

それはクリスパーの普及によって、今後、遺伝子操作に携わる技術者の裾野が広がると同時に、「バイオ製品の開発に要する期間やコストが大幅に削減され、この分野への参入障壁が一挙に取り払われる」という期待だ。

これまで各種の「遺伝子組み換え食品(GMO)」や「バイオ医薬品」などは、1970年代に誕生した「遺伝子組み換え技術」によって開発・製品化されてきた。が、そうした従来の技術は扱いが難しく、それによるバイオ製品の開発・商品化は平均で13年の期間と1億3000万ドル(130億円以上)もの費用が必要とされた。

したがって、本格的なバイオ製品を開発・製品化できるのは、米国のモンサントやダウ・デュポンなど、潤沢な資金力を備えた巨大企業に限られてきた。

これに対し、操作精度が飛躍的に向上し、扱いも容易になったクリスパーを使えば、従来の「300分の1」のコストで、各種バイオ製品を開発できる。

その結果として今後考えられるのは、これまでバイオ産業を取り囲んできた厚い参入障壁が取り払われ、たとえ資金力はなくても卓越したアイディアと技術力のあるベンチャー企業が、一気にバイオ産業へと雪崩れ込んでくることだ。

 

IT革命と同じ事が起きる可能性

これは1970~80年代に巻き起こった「PC(パソコン)」ブームを彷彿させる。

それ以前のコンピュータは、いわゆる「メインフレーム」と呼ばれる、1台何億円もするような大型コンピュータが主流だった。

しかし当時、「マイクロ・プロセッサ」など半導体集積技術の飛躍的な進化に気付いた、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツら大学をドロップアウトした若者たちが、ガレージでベンチャー企業を次々と立ち上げ、そこから誰でも買えて使える程、安いPCを開発・製品化することに成功した。

〔PHOTO〕gettyimages

その後、90年代のインターネット・ブームを経て、PCやスマートフォンに代表されるIT製品は高度な情報技術を大衆化し、私たちが生きる社会の生産性や利便性を一気に高めたのは周知の通りだ。

おそらく、こうした「IT革命」と同じような事が、これからは(高い操作精度と使い易さを兼ね備えた)クリスパーによって、バイオ分野で起きると見られている。

(前述の)ガンダル君はゲノム編集の腕前を買われてスタンフォード大学に採用されたが、今後は彼のような若者が独学で育んだバイオ技術をベースにベンチャー企業を続々と立ち上げることが予想されるのだ。

その兆しは既に現れている。たとえば米シリコンバレーにある「Synthego」というバイオ・ベンチャーを立ち上げたのは、生物学の専門家ではない。創業者である二人の若者は、かつて(イーロン・マスクの宇宙開発企業)スペースXに勤務していたソフトウエア技術者だ。

彼らはロケット設計に関わる中で身に着けたアジャイル(機敏)なソフト開発手法を、(本来、バイオ技術である)クリスパーに応用し、各種バイオ製品の開発を大幅に高速化するツールの開発・商品化を成し遂げたのだ。

一説によれば、世界全体のGMO(遺伝子組み換え作物)や医薬品などバイオ産業の市場規模は、現時点で6兆5千億ドル(700兆円以上)に達するという。

この分野の技術開発が、(かつてのIT革命のように)高精度・低コストで大衆化された場合、おそらく、「遺伝子ゴールドラッシュ」とでも呼ぶべき、桁外れに大きな経済効果をこれからの世界にもたらすだろう。