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父の「前妻」に会いに行ったぼくを、待ち受けていた現実

現役証券マン・家族をさがす旅【24】
町田 哲也 プロフィール

思いを伝える余裕もなく

「ごめんください」

何度か大声で呼びかけると、70歳を過ぎたくらいの女性が不審そうに外を見ている。ぼくはなるべく大きな声で聞こえるように、挨拶をした。

いきなりの訪問客を怪しむ気持ちはわからなくもないが、ぼくにとっても勝負だった。対応を間違えれば、この先話を聞くことがむずかしくなってしまう。栄子さんや健太郎さんに近づけるかどうかがかかっていた。

「こちらは下田さんのお宅でよろしかったですか?」

「そうですが……」

「栄子さんはご在宅ですか?」

「栄子はこちらにはおりませんけど、どなた様ですか?」

 

女性の警戒する表情に、ぼくは慌てて説明した。

「私は町田と申します。以前栄子さんが結婚していた町田の長男です。父が体調を崩しており、そのことをお伝えできればと思い、お伺いしました」

「じゃあ、健ちゃんの?」

「はい」

ぼくはうなずくと、義理の弟になりますという言葉を飲み込んだ。その必要がないことは、女性の表情を見れば明らかだった。ぼくは父の症状や今までの経緯、挨拶に来た理由を話した。

「事情はわかりましたけど、私から変なこというわけにはいきませんからね」

ぼくの話を聞くと、女性は悩ましそうな顔をして携帯電話を取った。栄子さんに掛けようとしているのだろうか。

家に入っていく女性に、ぼくは自分がここに来た趣旨を、もう少しきちんと説明したかった。決して何かして欲しいわけではない。ただ父が最期を迎える前に、人生をたどってみたいだけなのだと。そんな思いを伝える余裕もなかった。

「話すことは何もないみたいですね」

しばらくすると、女性がふたたび顔を出した。ぼくは唐突な幕切れに、何もいえなかった。

「そうですか……」

「もう何十年も前の話ですからね。今さらどうこういわれてもね」

「何かして欲しいわけじゃないんです。父の気持ちは、もうどうにも確認しようがありません。ぼくが気になったのは、栄子さんや健太郎さんの気持ちなんです。これが最後だとわかってたら、やっぱりそのことを伝えるべきなんじゃないかと思って、それだけがいいたかったんです」

「なかに入りますか?」

ぼくの顔に、強く落胆した様子が出ていたからかもしれない。話だけでも聞こうと思ってくれたのがわかった。

家には誰もいないようだった。玄関を入ってすぐ右手にある客間には、ソファやテレビが置かれていた。カレンダーの下には記念写真が飾られていた。生活の痕跡がないこともなかった。しかしそれは、にぎやかだった頃からもう長い時間が経過していることがわかる種類のものだった。