Photo by iStock

「ロックなおやじ」たちはなぜ、自殺してしまうのだろうか?

あなた自身にも関わる問題です
今年6月、とある大の親日家が自殺した。彼は「ちょいワルのロックおやじ」だった。そういえばザ・フォーク・クルセダーズの一員も、あの映画評論家も自殺している……「ロックは人を殺す」のかもしれない。では、一体なぜロックは人を殺すのか?――作家・川崎大助氏が考え抜く「自殺論」の前編

エミー賞の常連だった

いわゆるミッドライフ・クライシス(中年期の心理的危機)のひとつと分類されるべき事象なのだろう。「なぜ『ロックおやじ』は自死を選ぶのか?」という問いが、僕の頭のなかにこびりついて離れない。あの事件の衝撃のせいだ。

「ロックが人を殺す」のかもしれない。この問いについて、僕に可能なかぎりの文化論的考察をおこなおうとするのが、この稿だ。ではまず最初に「事件」そのものを振り返るところから始めてみたい。

去る6月6日、アメリカの著名人、元シェフで作家、大の親日家であり、エミー賞の常連でもあるTVパーソナリティのアンソニー・ボーデインが自殺によって命を絶った。61歳だった。

彼がホストをつとめるCNNの番組『アンソニー世界を駆ける(原題:Anthony Bourdain: Parts Unknown)』のロケ先だったフランスのストラスブール、そこのホテルの一室における突然の縊死だった。遺書はなく、(いくつかの噂はあるものの)周囲の者が察知できた明確な前兆はなく、彼が死を選んだ理由は、いまもってわかっていない。

在りし日のアンソニー・ボーデイン(Photo by Gettyimages)

ボーデインの突然の死に、多くの人がショックを受けた。彼は社会的成功者だったから、ミッドライフ・クライシスから自殺する中年層の類型ではないように、人々の目には映じていたからだ。

前述の番組内で、ボーデインはオバマ前大統領と食卓を囲んだこともある。だからボーデインの訃報に接したオバマは、ツイッターで哀悼の意を表した。

海外ではこの件を、彼のすこし前にやはり自死したアメリカ人のファッション・デザイナー、ケイト・スペードと並べて「セレブリティと自殺」といった論調で語る意見も多い。だが、僕はこの見方にはくみしない。ボーデインは、たんなる有名人、ただの「セレブ」なんかじゃなかったからだ。

なによりも彼は「ロックなおやじ」だった。ロック音楽とそのライフスタイルを深く愛していて、番組内でことあるごとにそれを公言していた。つまりセレブはセレブでも、「ちょいワルのロックおやじ」というのが、人々が知る彼のキャラクターであり、ファンはまずこの部分に惹かれていた。本当は優しい人なのに、すぐに毒舌ばかり口にする(したがる)ようなところをこそ、視聴者は愛した。

僕自身も、この点からボーデインの仕事に興味を持った。「彼がロックな人だから」著作を読み、番組も楽しんだ。なぜならば僕も、12歳のときから「ロックにやられた」者だからだ。

そのまま数十年を経て、おやじなのかおっさんなのかじじいなのか、呼びかたなどどうでもいいが、ひとりの中年男性として、まだ生きている身だから――それゆえに、ボーデインの死について、考えをめぐらせないわけにはいかなかった。まさに自分自身にもかかわる問題だったからだ。「ロックおやじの自死」というのは。

 

加藤和彦、今野雄二、クリス・コーネルも…

CNNのスマートフォン向け速報でボーデイン自死の第一報を目にした瞬間、僕が思い出したのは、日本のポップ音楽家、加藤和彦の死だった。09年、彼は62歳で自死を選んだ。

60年代には「帰って来たヨッパライ」の大ヒットで有名なザ・フォーク・クルセダーズの一員として、70年代には海外に雄飛した日本のロック・バンドの先駆け、サディスティック・ミカ・バンドを率いて、彼はキャリアを築いた。その後もソロ・アーティストとして、ソングライター、プロデューサーとしても活躍、成功をおさめていた。

音楽および映画評論家の今野雄二も「ミッドライフ」に生を絶った。70年代から80年代、深夜TV番組『11PM』などで、英米のロック音楽や映画情報を視聴者に伝え、人気を得ていた彼は、10年、66歳で縊死を選んだ。

加藤と今野の件は、ボーデインのそれと外形的にとてもよく似ている。ロックだった人が「おやじ」になって、そして自死を決行してしまった、という点が。洋の東西は違えど、本質的には、ひとつらなりの同じ現象だと僕は考える。