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日本人はなぜ「醜くても勝つ」より「美しく負ける」を好むのか

日本人の脳に迫る⑤
中野 信子 プロフィール

セロトニントランスポーター

「自分は利他行動を優先しているのに、あなたはなぜ利己的に振る舞うのか」「なぜ自分を不当に扱うのか」という心情が働いたのではないかと考えられます。彼らが拒否権を発動するのには、「社会性というルールにあなたも従うべきだ、そうでないならペナルティを負うべきだ」という制裁的な意味合いがあるのです。

興味深いのは、そのペナルティが相手にとってのペナルティになるだけでなく、自分の利益もゼロにしてしまうという点です。

最後通牒ゲームでは、どんなに配分比が悪くとも、ゼロよりは取り分が大きいので、拒否権を発動しないほうが実は常に得になります。合理的な選択をするのであれば、拒否権は行使しないほうが良いのです。

にもかかわらず、拒否権を発動する、ということは、コストをかけてでも、不公正な相手にペナルティを与えたい、という情動が強く働いたということにほかなりません。

 

拒否権を発動する人たちの脳を調べて見ると、脳のある部分に存在するセロトニントランスポーターというたんぱく質の密度が有意に低いことがわかりました(セロトニントランスポーターというのは、神経伝達物質のひとつであるセロトニンを再取り込みするたんぱく質ですが、ここでは詳述しません)。

社会性のルールに従わないものはペナルティを負うべきだ、自分を不当に扱うものは許せない、利益を失ってでも制裁を与えたい、という気持ちが強く働く根底には、セロトニントランスポーターが少ない、という生理的な性質が寄与している可能性があるのです。

不倫バッシングはなぜやまないのか

ところで、日本人はセロトニントランスポーターの少ないタイプが世界でも最も多いというデータがあります。

つまり、日本人は、自分が利益を失ってでも、不正をした(ゲームのルールには実際には則っているのですが……)相手に制裁を加えたい、という気持ちが世界一強い民族である可能性があります。冷静で合理的な選択よりも、熱い気持ちで美しさを賛美したいのです。

もしそうなら、多くのことに説明がつくのではないでしょうか。サッカーで戦略的な負けを選択して決勝トーナメントに勝ち進むという、ポーランド戦のようなやり方が非難を浴びるのも、そのひとつかもしれません。また、社会性というルールを破る不倫という行為がここまでバッシングを浴びるのも、政治家の失言や、有名人の不適切な振る舞いがいつまでも攻撃され続けてしまうのもそうであるかもしれません。

私たちの中に生まれてくる感情は、時には合理的な選択を阻み、勝つことから自らを遠ざけてしまうことがあります。ただそれは長期的に見れば、私たちを種として生き延びさせよう、という天の配剤であるとも言えるのです。