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日本人はなぜ「醜くても勝つ」より「美しく負ける」を好むのか

日本人の脳に迫る⑤
中野 信子 プロフィール

脳で混同される善悪と美しさの価値

では、美しい、美しくない、は脳のどこが判定しているのでしょうか。

美を感じる脳の領域は前頭前野の一部、眼窩前頭皮質と内側前頭前皮質だと考えられています。眼窩前頭皮質は前頭前野の底面にあり、眼窩のすぐ上に当たる部分なのでこのように名付けられています。

この部分は一般に「社会脳」と呼ばれる一群の領域のひとつで、他者への配慮や、共感性、利他行動をコントロールしているということがこれまでの研究から示されています。

内側前頭皮質はこの近傍のより内側にあり、ここはいわゆる「良心」を司っている領域ではないかと考えられています。自分の行動が正しいか間違いか、善なのか悪なのか、それを識別する部分です。

美しい、美しくないという基準と、利他行動、良心、正邪、善悪等々は理屈の上で考えればまったく別の独立した価値なのですが、脳ではこれらが混同されやすいということが示唆されるのです(他には、女性では恐怖と性的な快楽の中枢が回路を共有しているなどの例がある)。

私たちはごく自然に、人の正しい行為を美しい振る舞いと、不正を行った人を汚いヤツと表現します。それも、日本語に限られた現象ではありません。やはり脳はこれらを似たものとして処理しているようなのです。

こうした利他性、良心、正邪、善悪の領域があるからこそ、私たちは社会生活を送ることができます。これらの領域が「社会脳」と呼ばれるのはこのような理由からです。

 

ホモ・サピエンスを生き残らせた脳の快楽物質

これらの機能は私たち人間では突出して発達しており、それが人間をここまで繁殖、繁栄させた源泉ではないかという考え方もあります。

ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)の頭蓋骨格と比較すると、現生人類ホモ・サピエンスの前頭洞は丸く大きく、脳の容量ではネアンデルターレンシスに負けるものの、前頭前野の発達度は比較にならないほど高いのです。

美しい、美しくないを判定する領域も社会脳の一部であるとなると、この機能も社会性を保持するために発達してきたものと考えられます。

社会性を維持することは、他の生物種と比べて肉体的には脆弱で逃げ足も遅い霊長類にとっては死活問題であり、これを制したわれわれ現生人類が繁栄を享受してきたと言ってもいいでしょう。

社会性を維持するには、各個体の持つ利他性を高め、自己の利益よりも他者または全体の利益を優先するという行動を促進させる必要があります。

ただ、ともすれば自分が生き延びるためにはなりふり構わず個人の利益や都合を優先するという生物の根本的な性質に反してまで、利他行動を積極的にとらせるために、脳はかなりアクロバティックな工夫をしているようです。

正邪、美醜、悪という基準を無理やり後付けにしてでも脳に備えつけ、正義、美、善と判定されたときに快楽物質が放出されるようにして、何とか人間を利他的に振る舞うよう仕向けているのです。個人ではなく、種として生き延びるための工夫と言ってもいいかもしれません。