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イギリス 王室

ソーシャルメディアが生み出す「新貴族」〜ロイヤル・ウェディング考

大西洋を架橋するアフリカの声

再現された黒人教会の雰囲気

その日、ウィンザー城の聖ジョージ礼拝堂には、ゴスペル聖歌隊による『スタンド・バイ・ミー』が響き渡った。

2018年5月19日、イギリス王族の一人であるハリー王子(Prince Hurry)とアメリカ人女優メーガン・マークルとのロイヤル・ウェディングにおける出来事だ。

アフリカ系アメリカ人のメーガンにハリー王子が一目惚れしたという経緯から、この結婚式は、もっぱらメーガンの意向に沿うものとして準備されたという。ゴスペルの採用もその一環だったようだ。

これまで400人を超えるミュージシャンに歌われ、それもあって2015年にはアメリカ議会図書館で正式に録音の保存が決まった『スタンド・バイ・ミー』であるが、この公民権運動時代のアメリカの名曲を歌い上げた聖歌隊は、名をキングダム・コワイア(Kingdom Choir:王国聖歌隊)といい、そのメンバーの多くは、アメリカ南部に先立って奴隷制が導入された旧英領カリブ海諸国からの移民の子孫であるアフリカ系イギリス人(Black Briton)であった。

結婚式自体は、慣例に則り、イングランド教会(Church of England)のカンタベリー大主教とウィンザー主席司祭によって進められたが、『スタンド・バイ・ミー』が歌唱される前に説教のために登壇したのは、アメリカ聖公会(Episcopal Church)のトップであるマイケル・カリー首座主教(Presiding Bishop)だった。

マイケル・カリー首座主教マイケル・カリー首座主教〔PHOTO〕gettyimages

アメリカ聖公会は、イングランド教会の系譜にあるアメリカ・プロテスタントの一派であり、カリー首座主教は、2015年に初のアフリカ系アメリカ人として教会トップの要職に就いた(イングランド教会系の各地の教会は、全世界で「アングリカン・コミュニオン」という教会組織をつくっており、カトリック、正教会に次ぐ第三の規模を誇るが、ローマ・カトリックのような法王はおかず、水平的な組織を築いている)。

もともとイングランド教会は、16世紀初頭、ときのイングランド王であるヘンリー8世が、カトリックでは許されない離婚を実現させるために創設を決めた教会であり、それ以来、イングランド教会のトップはイギリス国王が兼ねてきた。

だからカリー首座主教の人選も、おそらくはイングランド教会への配慮からなされたものであり、その人物がたまたま現在、アフリカ系アメリカ人だった、ということに過ぎないのだとは思う。

 

とはいえ、いかにも黒人的な抑揚の伴う遊動的な説教の中で、アメリカ公民権運動の推進者であり、後にそのために暗殺されたマーティン・ルーサー・キング牧師の言葉が引用され、なかんずく「愛の力(Power of Love)」が強調されるとなると、そこでいう「愛」には単に新郎新婦の間の愛情だけでなく、他者への赦しや慈しみをともなうアガペーのニュアンスも感じられる。カリー首座主教は、LGBTQの権利や女性の権利の守護を主張していることでも知られる。

ともあれ、結果としてカリー首座主教の説教の様子は、イングランド教会やアメリカ聖公会というよりも、むしろゴスペルの歌唱と合わせて、アメリカ南部の黒人教会の雰囲気の再現であった。

実際、カリー首座主教は、長年に亘り、南部ノースカロライナ州で主教を務めていた。

列席者の多くが白人であったことを考えれば、前々回に取り上げたコーチェラ・フェスティバルにおけるビヨンセと大して変わらなかった(参照:ビヨンセが「音楽の祭典」で魅せた圧巻パフォーマンスの歴史的意義 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55525)。

どちらも白人が圧倒的多数を占める観客を前に、黒人のスピリットを高らかに説いたのだから。

ちなみに、黒人教会については黒﨑真『アメリカ黒人とキリスト教』が参考になるのだが、どうも売り切れのようなので最近出版された同著者の『マーティン・ルーサー・キング』を紹介しておく。

マーティン・ルーサー・キングリンチ、脅迫、放火、爆破。アメリカ南部社会を覆う、人種差別の凄まじい暴力。われわれ黒人はもう待てないのだ。人びとを直接行動による社会変革へと導いたキング牧師。武器をとらず非暴力で闘い抜いた苛烈な生涯をえがく。

今年はキング牧師の暗殺から50年の年であり、アメリカではキング牧師を回顧する書籍やメディアの特集が相次いだ。カリー首座主教がキング牧師の言葉を引いたのも、今年が2018年だったから、ということもあったのかもしれない。

その意味でも、ハリー王子とメーガン・マーケルの挙式は時代を象徴していた。