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拉致問題、北への「伝言」をトランプに頼んだのは大失敗だった可能性

日朝首脳会談でカバーするしかない
※本記事は『佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」』に収録している文化放送「くにまるジャパン極」の放送内容(2018年6月15日)の一部抜粋です。野村邦丸氏は番組パーソナリティです。

日本が支払わされる「見返り」

邦丸:米朝首脳会談を見て、佐藤さんはどんなことを感じましたか。

佐藤:トランプ大統領と金正恩委員長、2人の個人的な信頼関係のレベルが非常に高いということですね。それから、準備がよくできている。38分間の1対1の首脳会談というのは、通訳が入りますから、実際は19分間なんです。片方の持ち時間は9分間しかない。

ということは、もう紙は全部できていて、議論はほとんどなかった。1ヵ所か2ヵ所、詰めただけだと思いますね。アメリカ側が、降りられるものは全部降りて、事前に最大限の譲歩をしているわけです。

これは、交渉術としては正しいんです。強い者が譲歩しなければならない。

邦丸:ふむ。

佐藤:だから、今後はアメリカがこれ以上譲歩しないことを北朝鮮もわかっている。アメリカとしては、今後は「獲得するだけ」ということになります。

邦丸:アメリカ国内のメディアでは「実りのない会談だった」「アメリカが得たものは何もない」といった報道がありましたが、佐藤さんは真逆の考え方ですか。

佐藤:アメリカが得たものは大きいですよ。北朝鮮から攻撃されないという情勢になりましたから。いつも申し上げている簡単な方程式です。「脅威」というものは「意思」と「能力」によって成り立つんですよ。

 

まず、この会談でとりあえず、金正恩の「意思」はなくなったわけです。そして、段階的な非核化を実現するということは、たぶんまずは運搬手段、大陸間弾道ミサイルという「能力」を完全に廃棄するということになると思うんです。これによって、アメリカは本土を攻撃されないですむ。

その後は、追加の核兵器はつくらない。今持っている核兵器と短距離弾道ミサイルをどうするかという交渉に入る、それは時間をかけてやっていくということですよね。トランプ自身が「15年かかるという人もいる」と言いましたが、だいたいその通りだと思います。

邦丸:技術的には廃棄に10~15年間かかるといわれていますが、一方でトランプ大統領の第1期の任期は2021年までで、それまでに達成できるというアナウンスメントもされている。一体どっちなんだ、という感じもします。

佐藤:「技術的な制約条件が15年くらいだ」とトランプ大統領が口にしたのは、けっこう重要です。というのも、根拠なしには言わないですからね。おそらく、金正恩がそういったコミットメントをしたと思うんです。それに基づいて行程表をつくるということになるでしょう。ですから、北朝鮮は形の上だけCVID、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」を守る、と言い続けるだけでいいんです。

邦丸:菅官房長官は会見で、「日本政府としては、IAEA(国際原子力機関)の査察が入る前提がないと、北朝鮮への制裁を続ける」と言っています。

佐藤:査察は絶対に入ります。IAEAにはけっこう政治的な要素がありますからね。

たとえばイランは、実際は核廃絶なんかしていないわけです。遠心分離機を持っている。それでもIAEAは入る。そのへんは、いくらでも政治的判断でごまかせます。

ですから、菅さんは「査察の初期費用は出す」と言いましたが、これはカードを早く切り過ぎている。もう、ウチがおカネを出しますよという最後のカードを出しているんです。どういうことかというと、もう日本政府はトランプと話をしているということですよ。

すなわち、トランプが「拉致問題に関して、金正恩にオレから言っといてやる。その見返りは何だ」「じゃあ、査察の初期費用を出しましょうか」──こういう話を後ろでしているということです。

邦丸:そうした状況下で、日朝首脳会談が行われる。安倍さんと金正恩さんが1対1で話し合う。そのときに必ず出てくるのが拉致被害者の問題です。

佐藤さんに伺いたかったのは、拉致被害者のご家族の高齢化が言われていますが、拉致被害に遭われて北朝鮮内にいらっしゃるであろう方々も、高齢化が進んでいるんですね。

拉致被害に遭われた方々が今、生存されているのか。もうお亡くなりになっている可能性もあるわけですが、これを日本政府は受け入れることができるか。ご家族にどうやって伝えられるか。