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沖縄、愛知と相次いで発生「大人のはしか流行」とは何だったのか?

病原体と人間のあまりに複雑な歴史

なぜはしかは大人の病気になったか

この春、沖縄県や愛知県ではしかの大人での流行があった(現在では終息したようだ)。

とはいえ、国内の患者数は合わせて百数十人なので、インフルエンザなどに比べれば大流行というほどではない。

だが、社会的影響はそれなりに大きかった。

たとえば沖縄県ではGWの観光シーズンと重なっていたため、旅行のキャンセルなどによる経済的損失が数億円といわれる。

日本は、3年前の2015年には世界保健機関(WHO)によって、国内流行がそれまでの3年間ないことを理由に「はしか排除状態」を宣言されている。

しかし、それ以降も、2016年、2017年ともに今年と同じくらいの規模の流行があった。

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おそらく海外からの旅行者由来ではないかとされる。国内発ではなく輸入感染症ということだ。

多くの人々とくに50代以上の人にとってはしかは子どもの病気というイメージが強いだろう。だが実際には近頃の流行の8割近くは大人のはしか患者である。

しかも、高熱と全身の赤い発疹という症状はほぼ同じでも、子どもより大人の方の症状が強いことが知られている。

なぜ、はしかが小児科ではなく大人の病気になったのか、そこを探ると、さまざまなことが見えてくる。

 

「はしかは命定め」

全身の発疹と高熱という症状ははしかに特徴的なので、流行があった場合に昔からはしかは記録に残りやすい。

江戸時代の文献によると数十年ごとに大流行があって、そのたびにたくさんの人が亡くなっていた。「はしかは命定め」という言葉も当時あったほどだ(酒井シズ『病が語る日本史』)。

当時の健康法・養生法として、食べてはいけないものややってはいけないことが定められていたという。

たとえば、かんぴょうやニンジンは食べていいが、川魚や梅干しやゴボウは良くなかったりするし、房事(セックス)、入浴、灸、酒、そば、月代(さかやき)は治った後も75日間はやってはいけないとされていた。

今から見るとちょっと不思議なリストだが、当時としては何かの理屈があったのだろう。