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シェアハウスでもご近所でもない…「ぐるんとびー」が示す日本の未来

「第三のコミュニティ」をつくる試み
真鍋 厚 プロフィール

全ての人に「コミュニティ」は必要だ

「最適解」を導くためには、社会的課題を意識した「仕掛け作り」も必要になる。菅原さんは、これまでにない試験的な取組みにもチャレンジしている。

「家賃10万円の3LDKの物件があり、そこに要介護5の方が2人住んでいます。すると、2人が受け取る保険料で月々の家賃は賄えるので、例えば、シングルマザーの方や学生の方などが無料で住むことができます。

もしこの方に時間的に余裕があるなら、晩ごはんを2人分余分に作ってもらえると、1人当たり500円で1日1000円お渡しすることができます。そうすると、1か月で3万円の収入になります。昼ごはんも作ってもらえるなら6万円です。これを『ぐるんと「ルームシェア」』と呼んでいます」

すでに、「ぐるんとびー駒寄」が入る団地には転居してくる人が相次いでおり、様々なイベントが目白押しの小規模多機能ホームでは、世代を超えた交流が活発に行なわれているという。飲み会の場に医師が参加しているときは、突然「健康相談」が始まることもある。

 

これは、社会学者のレイ・オルデンバーグが提起した「サードプレイス」(第三の場所)に近い空間だ。第一が家、第二が職場、第三はその中間に位置するもので、家庭や職場での役割から解放され、一人の個人としてくつろぐことができるところ。

オルデンバーグは、「家庭と仕事の領域を超えた個々人の、定期的で自発的でインフォーマルな、お楽しみの集いのために場を提供する、さまざまな公共の場所の総称」と定義し、「(その)一番大切な機能は、近隣住民を団結させる機能だ」と主張している。

サバイバリズム(生存主義)という視点から、今後の地域コミュニティの行く末を眺めた時、やがて否が応でも「コミュニティ選びの時代」が到来することは避けられない。

すでに、大都市部か地方かに関係なく、また、個人や団体のレベルを問わず、志を同じくする者たちが近隣に住居を構えたり、あるいは同一の建物内に集住するなどして、「持続可能なコミュニティ」の運営に取り組む動きが拡大している。

単なる住空間のシェアであることが多い「シェアハウス」や、趣味縁などのたまに会う関係性でもない。かといって昔のような「ご近所さん」を再現するのでもない。そのような、自分たちにとって「居心地の良い場所」に対するニーズは高まる一方だ。

今後、全国的に地域コミュニティが衰退することは確実で、上記のような取組みが活発な地域とそうでない地域、ぐるんとびーのような発起人に恵まれている地域とそうでない地域の差は、それこそ「雲泥の開き」となっていくだろう。

地域コミュニティの問題を「高齢者や障害者のような社会的弱者の問題であり、現役世代、若者や健常者には関係ない」とみなすのは大きな間違いだ。

どのようなコミュニティで育つかは子どもの生育環境に直接影響を与えるし、精神形成にも一定の作用を及ぼすだろう。また、いかなる世代であってもその人間のアイデンティティの根幹が、生まれ育った家族や友人関係、所属集団などのネットワークによって形成されることに変わりはない。

そのうえ、「会社でも地域でも趣味でも『気の置けない仲間』がいる」という「多重所属」は、失業や病気などのアクシデントに見舞われた際、様々な社会的なリスクを和らげてくれる。「心理的な安心感」や「動機付け」の面でも潜勢力(ポテンシャリティ)を秘めている。

「最後まで住み慣れた地域でなるべく死ねること。そして、子供は地域の宝。この2つを掲げてコミュニティを作っていきましょうと、自治会と一緒に挑戦を始めたところです」

菅原さんが描く未来はまだ道半ばだが、その青写真は驚くほど本質的である。

〈参考文献〉

(*1)「近代デンマーク精神の父」と呼ばれ、「フォルケホイスコーレ」(全寮制の成人教育機関)を構想したニコライ・フレデリク・セヴェリン・グルントヴィのこと。著書に『ホイスコーレ〈上・下〉』(小池直人訳、風媒社)がある。人物像や思想については、ハル・コック『グルントヴィ デンマーク・ナショナリズムとその止揚』(小池直人訳、風媒社)、オヴェ・コースゴー『政治思想家としてのグルントヴィ』(清水満訳、新評論)などに詳しい。

(*2)『サードプレイス コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』(忠平美幸訳、マイク・モラスキー解説、みすず書房)