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これは認知症なのか…「手術」さえも覚えていない父に直面した息子

現役証券マン・家族をさがす旅【21】

78歳で倒れ、入院した父。息子で40代の「ぼく」は、ぶっきらぼうで家族を顧みない父にずっと反発を覚えていたが、父に前妻がいたこと、そして自分の腹違いの兄が存在することを聞かされて以来、家族の過去を調べるようになっていた。

2度の手術を乗り越えて徐々に回復し、転院した父。しかし面会のため病院へ行った「ぼく」を待っていたのは、確実に変わりゆく父の姿だった。

現役証券マンで作家の町田哲也氏が、実体験をもとに描くノンフィクション・ノベル『家族をさがす旅』。

 

「うーん、わからない」

翌日は、12時に面会に行った。

胃ろうのチューブが外れてしまい、14時からR病院の先生が直せるか内視鏡で見てくれるとのことだった。そのため急きょ、鼻から胃カメラを入れる必要があり、麻酔や内視鏡の同意書にサインした。

メディカルセンターに行くことになったのは、父の症状を長く診てもらっている安心感があるからだった。しかしすでに転院しているので、あらためて紹介状が必要だという。書いてもらうのに時間がかかり、父はイライラしていた。

16時にメディカルセンターに着くと、外科の外来でしばらく待たされた。その間父は車椅子に乗って待っていた。八木主治医に胃ろうのチューブを入れ替える処置をしてもらうと、元気なので自宅での生活が良いのではないかと再度指摘された。

母もR病院の療養生活は、認知症になりやすいのを気にしていた。父が家に帰りたいといい出していたのも、母の判断に影響したようだ。

すぐに増田相談員に話すと、来週中には自宅に帰れるように手配してくれることになった。夕方家に帰ると、ちょうど介護判定の結果が市役所から来ていた。介護度は最高クラスの5だった。

この日の移動で疲れたのか、父は翌日遅くまで眠っていた。水はすでにペットボトル1本分を飲み終え、氷をもらって2本目を飲んでいた。氷の分は水を減らされてしまうので、量が少ないと不満そうだった。

今回の転院にあたって、R病院でも入院時検査が行われた。その結果、脳に少し萎縮がみられるとのことだった。母が何とかして欲しいと訴えたが、さすがにそれはできないという。「もし治せるなら、この病院の患者さんはみんな治ってますよ」と、担当の吉村医師は笑っていた。

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看護師による記憶力検査で、父は答えられないことが多かった。

「住所はどちらですか?」

「うーん、わからないな。千葉かな」

「今日は何日ですか?」

「わからない」

「今の季節は何ですか?」

「秋だったかな」

「この病院の名前はわかりますか?」

「……」

考え込むと、なかなか返ってこなくなってしまう。自分が手術を受けたことすら、憶えていなかった。

一方でぼくが見舞いに行くと、「どうやって来たんだ? O駅からバスは遠いよな。家から来るならタクシーに乗ると近いよ」ときちんと話している。せん妄なのか認知症のはじまりなのか、相変わらず言動だけで判断することはむずかしかった。

胃ろうのチューブが外れたときは、胃ろうより水が飲めなくなったことでパニックになってしまった。チューブは生命線だから絶対に触ったり外したりしないようにというと、「わかっているよ」と答えていたが、事態の重大性が理解できているとは思えなかった。

吉村医師によると、水が飲めないと苦しがることは人間として重要なことであり、騒ぐ力があるのは生命力がある証拠だという。前向きに考えるしかないのかもしれない。