バイアグラなどのEDに効く薬の処方を依頼する高齢者も増えているという。副作用もあるのが難しい Photo by iStock
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老父がAV問題で警察沙汰…「性欲を解消できない」高齢者の悲劇

これは大きな社会問題だ
精神科医の片田珠美さんのところには、高齢者の親を連れてくる子どもの姿も多い。そして悩みが「親の性欲」という人が、少なくないという――。

娘と診察にきた80代男性

精神科の診察室に座っていると、俗に「色ぼけ」と呼ばれるような問題行動を起こし、家族に連れてこられる高齢の男性にお目にかかることが少なくない。

たとえば、80代の男性が娘に付き添われて私の外来を受診したのだが、聞けば、妻に先立たれて独りで暮らしていたマンションで、AVビデオを大音量で見ていたため、近所から苦情が殺到したのだとか。それだけで病院に連れてくるのか、と不思議に思ったのだけれど、苦情を告げてもいっこうに収まらず、受験生のいる家庭がたまりかねて警察に通報したらしい。警察が、離れて暮らしている娘に連絡し、精神科受診を勧めたようだ。

耳が遠いので、大音量にしたというのはわからないでもない。もっとも、受験生からすれば、性欲を抑圧して一生懸命勉強している真夜中に、隣からあえぎ声が聞こえてきたら、やっていられないだろう。   

個人的な興味としては、そのAVはどんな内容だったのか、どうやって手に入れたのかなどについても尋ねたかったのだが、とにかく診断を下すために脳のMRI検査と心理テストを行った。

その結果、とくに異常は認められなかった。そこで困り果てている家族に「脳に病変があるわけではありません。ただ、加齢によって、衝動や感情を抑制する脳の機能が弱ってきて、コントロールできなくなっているようです」と説明した。

 

「コントロールできない」のはなぜか

このように自分の衝動や感情を抑制できなくなった状態を、精神医学では「脱抑制」と呼ぶ。「脱抑制」は、躁状態になっているとか、薬物やアルコールを摂取しているという場合にも起こりうる。日頃は借りてきた猫のようにおとなしいのに、酒が入ると人が変わったようになって暴言を吐いたり暴力を振るったりする方がいるが、こうした豹変は、アルコールの影響で脳の抑制機能が一時的に失われるために起こる。

「脱抑制」は認知症の患者さんにもしばしば認められる。行列に割り込むようなマナー違反から万引きのような違法行為までさまざまだが、いわゆる「色ぼけ」と呼ばれる言動が問題になることも少なくない。

高齢の男性が女物の下着を盗んで逮捕された実例もあれば、タンスの奥に何十枚も隠していたことがニュースになったこともある。女性の介護スタッフの身体を触ったり、ひわいな言葉を投げつけたりして、問題になった例もある。

もっとも、このような性的逸脱行動を繰り返して精神科に連れてこられた高齢者にMRI検査や心理テストを行っても、先ほど紹介した男性のようにとくに異常なしということが結構ある。

そういう場合、困惑している家族や施設の方に「老い先短いのだから、もう我慢なんかしたくない、好き勝手にやりたいという気持ちもあるかもしれません」と説明する。脳に病変があるわけではないのに、「残り少ない人生、したい放題したい」という気持ちが勝って暴走するわけで、老い先短いがゆえの心理ともいえる。

みなさんは「昔の年寄りは礼儀や節度をもっとわきまえていたはずなのに」と思われるだろうか? しかし、これはわれわれの幻想にすぎない。

17世紀のフランスの名門貴族、ラ・ロシュフコーは「老人たる術を心得ている人はめったにいない」と毒舌を吐いている。どうやら「脱抑制」気味の老人に周囲が手を焼くのは今に始まったことではなさそうだ。