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米朝会談直前のシンガポールを包む「3つの熱気」

それでも日本はカヤの外なのか…
近藤 大介 プロフィール

「握手することが最大の成果」

そんなことを思っていたら、なぜかカペラホテルの前に、一人の美女が、泣きそうな顔をして立ち竦んでいた。聞くと、韓国の某有力紙記者だという。彼女も単身、カペラホテルに侵入を試みて失敗し、シンガポール軍にこっぴどく説教を喰らっているところだったのだ。

私がタクシーに乗せて救い出してあげたら、彼女は車中で饒舌になって、スイスホテル4階に韓国政府がこしらえたという「コリアン・プレスセンター」に案内してくれた。

そこは、不思議な場所だった。「平和、新しいスタート」のキャッチフレーズのもと、600席以上もの記者席が用意されていた。それなのに、来ている韓国人記者は、20人くらいなのだ。

この場所をつぶさに観察しているうちに、私は一つの結論に至った。おそらく文在寅大統領が、このシンガポールに駆けつける気でいたのだ。だから韓国政府は、わざわざこのような巨大な自国専用のプレスセンターを用意したのだ。

そのコリアン・プレスセンターで、午後4時半から、「青瓦台」(韓国大統領府)の南官杓安保次官の会見が行われた。会見の前に司会者が、奇妙なことを言った。

「南次官は、2度出てきます。一度目は公式会見で、二度目はバックグラウンドの説明です。二度目はオフレコ発言ですから、録音や写真撮影はやめてください」

二度目に何を話してくれるのかと、楽しみにしていたら、ほとんど何も目ぼしい話はないまま、二度にわたる会見は終了してしまった。ちなみに、オープンな会見で言っていたのは、次の通りである。

「昨年、文在寅政権が出帆した時、明日行われる歴史的会談のことなど、想像もしていなかった。新しい未来が明日開かれるのであり、それは大変意義深いものだ。

今この時間も、米朝の下交渉は続いており、明日の会談が終わった時には、よい結果が報告されるものと期待している。

今回の米朝会談は、わが文在寅政権が間を取り持ち、3月8日に発表したものだ。これまで米朝両国の間に立ち、文在寅大統領とトランプ大統領との首脳会談、5回の電話会談、2度の金正恩委員長との南北首脳会談などを経て進めてきたものだ。遠い道のりとなるであろうが、つつがなく進め、世界最後の冷戦を終結させるのだ」

 

何だか煙に包まれたような会見で、満足できなかった何人かの韓国人記者が、降壇した南次官を囲んで質問を浴びせた。すると温厚そうな初老の韓国高官は、堪忍袋の緒が切れたかのように言った。

「今回の米朝会談は、大きな方向性を示すためのものなんだ! そこのところを、よく理解してもらいたい」

つまりは、明日の米朝首脳会談では、具体的成果は期待しないでほしいと、あらかじめ予防線を張ったのだ。

だが、そんなことは、指摘されるまでもなく、とっくに察しがついている。なぜなら、もし大きな成果があるのだったら、南次長ではなく、文大統領がシンガポールに馳せ参じているに決まっているからだ。文大統領は、13日に控えた統一地方選挙の投票を事前に行って、12日を待ち受けていたほどなのだ。本当は、米朝に韓国も含めて、3ヵ国で会談し、朝鮮戦争の終結宣言を謳いたかったのだ。

だが、理想はウサギのごとく飛び跳ねてゆくが、現実はカメのように鈍い。水面下で米朝が一進一退を繰り広げているうちに、約束の6月12日を迎えてしまった。そこで、米朝の「主役」二人は、周囲の反対を振り切って、シンガポールにやって来たというわけだ。「まあ、握手するだけでも進歩だろう」と思いながら。

もしアメリカがオバマ大統領で、北朝鮮が金正日総書記だったなら、絶対に今回の米朝会談は、実現しなかったろう。もう一人、韓国が文在寅大統領でなかったらなおさらだ。この「3首脳」がピタリ合って、初めて実現したものなのだ。

その意味では、「握手することが最大の成果」というのは、あながち大袈裟な表現ではない。

トランプ大統領が昨年1月に就任してから、国際秩序はにわかに「溶解」を始めている。これまで70年あまりに渡って連綿と続いてきた「理念外交」は後退し、それに代わってトランプ式の「ディール外交」が始まった。この「トランプ台風」に振り回される格好で、国際秩序が「溶解」し始めた。それによって、これまで不可能と思われていたことも、「水位」が下がって可能になった。

その典型例が、今回の米朝首脳会談というわけだ。

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