メディア・マスコミ

日本の出版文化を育んだ男の、「やんちゃな幼少期」

大衆は神である⑥

上州の貧しい家から、東京帝大書記を経て、戦前日本を席巻するメディア・コングロマリット「大日本雄弁会講談社」を生み出した男——野間清治。

その豪快なビジネスセンスと、鮮やかな立身出世を賞賛する文献は少なくない。しかし彼の生い立ちやほんとうの人柄は、これまであまり詳らかにされてこなかった。 ノンフィクション作家・魚住昭氏が極秘資料をひもとき、日本の出版業界と近代社会の黎明の光と陰を追う大河連載「大衆は神である」。

第5回は、清治に多大な影響を与えた父・好雄の人物像に迫りながら、幼少期の清治を描く。

素人の骨董売買

実際の好雄はやがて古道具屋を営むようになり、書画骨董の売買でしばしば問題を起こした。

新宿小学校の元教頭・田口広吉は、「好雄さんは人に好かれましたか?」という質問に、「それはどうも」と、言いよどんだあとでこう答えている。

 

〈金銭上を離れては好人物でした。(略)好雄さんには書画の(真贋を見分ける)眼がないでしょう。そうしてその仲間に入っていたのですから、ずいぶん迷惑をした人があるのですね。(略)とにかく田崎草雲(そううん、著名な南画家)の軸など、偽物を持ってきて、自分では眼がないから、本当だと思って売るというわけですから、それを買った人は大変困るでしょう〉

戦前の速記録を見ると、清治の幼馴染たちも口をそろえて田口と同様のことを言っている。いちいち発言者の名を記すと煩雑になるので発言だけを抜き書きする。

〈忌憚なく言えば、野間さんに偽物の書画を売りつけられた人はいくらあるか知れない〉

〈それから、売ってやるなんて言って(書画を)持っていってそれっきり品物も返らなければ、金も入らなかったというような──〉

〈ご自分(=好雄)でもそれを極める眼がなかったとか言いますね〉

〈偽物ばかり売っておったのでもない。私どもの父も買いましたが、これは本物でした〉

〈(清治の)お父さんに迷惑を蒙らない人はないくらいです〉

〈(好雄に)嵌(は)められたくらいはいいけれども、(好雄が品物を)持っていきっぱなしがたくさんあったのです〉

公式の自叙伝・伝記が好雄の商売上のトラブルにふれなかったのは、野間清治のサクセスストーリーの基本構図──お人好しの父としっかり者の母に育てられた孝行息子が、貧苦の中から立ち上がって、ついには日本の出版王になる──からはみ出てしまう事実だったからだろう。