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日本スポーツ界はいつまで不毛すぎる「根性論」を続けるのか

日大アメフト問題から学べること

火に油が注がれ続けた日大問題

世間を大いに揺るがした日大の危険タックル問題、今やアメフトの問題から離れて、大学全体のガバナンスが問われるまでの事態に発展している。

それは、当の内田前監督、コーチのほか、広報担当者や学長など、表に出てきた人物がそろいもそろって火に油を注ぎ続けた結果である。さらには、まったく表に出てこない理事長に対する批判も高まっている。

6月1日に行われた大学の理事会では、内田前監督は大学の常務理事も辞任すると発表した。また、この問題を調査するための第三者委員会が発足したことも明らかになった。

一方、被害者側は、危険タックルを行った加害選手とは示談に至ったものの、前監督やコーチに対しては、傷害の疑いで告訴し、警察の捜査が及ぶことにもなった。

一連の騒動を見て、いささか騒ぎすぎの気はするが、ただ騒いだだけ騒いで、ニュースやワイドショーネタとして消費しただけで終わってしまわないようにすることが大切だろう。

つまり、この問題を他山の石として、われわれは学ぶべきことを学び、それを再発防止や今後のスポーツ指導のための指針として、生かしていくことが重要だ。

 

問題の根源にあるもの

前回の記事で、私は一連の問題の根源にあるものとして、監督、コーチなど指導陣と選手のコミュニケーション不足や、恐怖による支配という問題について指摘した(参照「日大アメフト選手・監督・コーチの衝撃会見で露呈した『問題の根源』」)。

監督が危険タックルを直接指示したのかどうかについては、選手と監督の言い分が真っ向から対立しているので、その真偽は第三者委員会の調査や警察の捜査を待つしかない。

しかし、誰が見ても明らかに異常で悪質なプレーが行われたことは、揺るぎのない事実である。さらに、当該選手がそこまで追い込まれていたことも事実として、双方が認めている。

つまり、選手を心理的に追い込んだり、暴言、暴力などによる人権を無視した「指導」が、日常的に行われていたということは、もはや疑いの余地がない。

危険タックル以外にも、私が違和感を抱いた点は、当の選手が記者会見をしたときに丸坊主であったことだ。

これは、問題となった試合の前日、「相手のクォーターバックを潰す」ことをコーチから念押しされた際、坊主にすることを「強要」されたのだという。

この指導者たちは、選手を脅しや暴言で追い詰めたり、髪型を坊主にすることを強要したりするといった、強権的で相手の人格を無視した方法を正当な「指導」であると思い込んでいたようである。

これらは、危険タックルの直接的な指示をしたかどうかよりも、もっと根深く悪質な問題であると言えるかもしれない。