企業・経営 学校・教育 ライフ

孫正義「就活生よ、君たちはどう生きるか」感動のスピーチを公開

「僕の人生を変えた1枚の写真」
現代ビジネス編集部 プロフィール

感動したら即行動

マイクロコンピュータとの出会いの衝撃から、孫氏はさっそく行動に移す。ある画期的な製品を開発することになるのだが、それがソフトバンクの創業へとつながっていく。

ソフトバンクは福岡の小さな街のなかで生まれました。

そしてすぐに東京に本社を移しました。初年度で36億円くらい売り上げたんですよ。40年近く前、私が22~23歳ぐらいの時にソフトバンクを創業しました。初年度の売り上げで36~37億円、2年目で約100億円ぐらいの会社はいまでもあんまりないと思いますね。もっとも、初年度は日本に帰国してからソフトバンクを始めたわけですけど、創業する資金はどうしたのかと問われるならば、私が19歳の時まで遡ります。

 

みなさん、このなかで、電子辞書を使ったことのある人は手を挙げてください。ほぼ全員ですね。その1台目のマシーンを最初に発明したのは誰だか知っていますか? 私なんですね。

それまで世の中に電子辞書というものは存在していなかった。さきほどのマイクロチチップの写真に感動して、即行動をおこして、このマイクロコンピュータを使ったら何ができるかということを考えた。

マイクロコンピュータを使って、LEDのディスプレイをつけて、フルキーボードをつけて、アプリケーションとしては辞書の翻訳をつけた。19歳のときに、最初の電子辞書を発明し、特許も出願しました。

「僕のもとで働いてみませんか?」

試作機も作って、通っていた大学の教授と助教授を6人くらい雇いました。学生の僕が、自分の大学の教授に対して「僕のもとで働いてみませんか?」と誘って、プロジェクトチームを起こした。そして試作機を作ってその特許を取りました。教授たちには時給でお金を払いました。

最終的に余ったお金が1億7000万円。もうひとつ、コンピューターゲームのプロジェクトもやって、そちらも1億5000万円くらいでした。1年半で3億2000万円ほど稼いだ。それが、ソフトバンクの創業の資本金になったわけですね。

40年前の3億円っていうのは当時のお金ではなかなかのものですよ。ですから、僕は本当は、自分でモノを発明し、開発し、生産し、世に売っていくような人生を歩むこともできたんです。

当時思ったのは、自分の脳細胞の価値や範囲には限界があるんだと。

自分よりももっと賢い、自分よりも素晴らしいアイデアを持った人はたくさんいるはず。だから、自分のアイデアや作品1つに頼るよりも、世の中の多くの知恵のある人々、開発できる人々、彼らの力を全部集めて、その開発したプログラミングやデータなりを何千万人の人々に共有してもらう。

そういったプラットフォームを作ったほうが、自分の知恵がボトルネックになるよりは良いじゃないかと思った。そういうプラットフォームを作ろうということで、「ソフトのバンク」、ソフトバンクを起こしたわけなんです。まぁ、そういう自慢話はどうでも良いんですけど。でもちょっとだけ自慢したかった。せっかくたまにしか喋らないので、みなさんに自慢してみましたけども。

新メディア「現代新書」OPEN!