証券取引等監視委員会創立25周年記念映像(YouTube)より
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霞が関「証券市場の番人・セック」知られざる25年目の挫折

カリスマトップが去って、組織が劣化

霞が関のエリート官僚たちの「崩壊ぶり」が次々と明るみになる昨今だが、かつて「日本最強の調査機関」と恐れられた組織でも、ひっそりと内部崩壊が始まっていることはほとんど知られていない。通称「セック」として知られる証券取引等監視委員会がそれ。経済犯罪を取り締まる「市場の番人」がいまとんでもないことになっていた。

創立25周年セレモニー

「ブロックチェーンは、インターネットの世界に『改ざんできない』という信頼を構築することができる画期的な技術であり、その技術をうまく活用してさらに信頼を積み重ねてもらいたい」

2017年12月5日、東京・三田共用会議所で証券取引等監視委員会(セック)の創立25周年記念国際コンファレンスが開催されていた。

当日はアジア開発銀行研究所長をはじめ、米国証券取引委員会幹部、年金積立金管理運用独立行政法人理事長、香港証券先物委員会CEOらそうそうたるメンバーが参集。朝から夕方まで続いたパネルディスカッションでは、世界の権威たちがIT技術を駆使するなどした市場監視の最前線の課題などについて語り合い、セックが積み重ねた四半世紀に及ぶ実績に敬意と今後への期待を表明した。

ただ、会場に居合わせたのは、IT時代に新たな使命感を帯びたセックの将来に高揚感を抱いた職員たちばかりではない。むしろ彼らの胸中にあったのは、「宴のあと」への一抹の不安、喪失感。25周年という華々しいセレモニーの裏で、セックはいま過去最大の組織的危機に直面しているからだ――。

 

はじめは素人集団だった

そもそもセックが誕生したのは1992年7月。きっかけは、前年に発覚した大手証券会社による反社会勢力や大株主への損失補填だった。これにより一般投資家の証券市場に対する不満がかつてないほど噴出し、公平公正で透明性のある証券市場を監視する組織の必要性が高まったのだ。

初代委員長には元検事の水原敏博氏が就任。発足メンバーの職員の大半は旧大蔵省証券局職員だった。経済事件については素人集団だったが、調査・告発のノウハウを持つ出向組の国税局査察官らが育成・指導し、証券犯罪の立件では最も難易度が高いといわれる株価操縦案件を〝初荷〟として東京地検に告発するまでにこぎつけた。

97年にはセックが打ち立てた金字塔とも賞賛される四大証券による顧客への損失補填を告発し、「証券市場の番人」としての評判を確立していった。

証券取引等監視委員会創立25周年記念映像(YouTube)より

「市場監視の責任感・正義感に燃え、多くの実績を出してくれた職員に対し、感謝の気持ちで一杯でございます」。草創期のセックを率いた水原氏も25周年記念に寄せたメッセージで万感の思いを吐露している。

そんなセックの存在感は、人員合理化が吹きすさぶ霞が関の中央省庁にあって「奇跡」とも呼ばれた。それはデータが物語る。スタート時に84人だった人員は04年度には237人に上り、13年度には何と400人の大台に乗った。10年も経たずに8倍近くまで増員したのだ。

「仕事をすれば、マスコミが大々的に報じ、それがまた人員要求の追い風となる。ここまで人員増加の好循環を成し遂げたのは霞が関でもセックぐらいしかない」。霞が関のあるキャリア官僚は驚きとともに嫉妬さえもにじませた。

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