マルクスの『資本論』を少年マガジン的手法を駆使して漫画にしてみた

まんが学術文庫の編集長が語る漫画論
石井 徹 プロフィール

漫画で「剰余価値」の残酷さを描き出す

さて、ここまでアウトラインが決まれば細かい話に移ります。紙に色々書きはじめます。

「まず、この金の亡者の悪い大資本家が、このあたりの土地を全部もっている設定でにして」

「じゃあ、主人公は労働者だから、この土地の小作人でしょう。脇役はどうします?」

「脇役はこのあたりに小さな工場を持っていてとりあえず小資本家にしましょう」

「なるほど、じゃあ主人公と、この脇役の小資本家の二人が協力して自分たちの工場を大きくしていくという。で、最終的にこの大資本家の悪役を倒す」

こんな感じでアイデアが少しずつ形になっていくのです。

「では、こういうのはどうでしょう。この小資本家の脇役が、主人公を新しい工場の経営者に、要は社長に抜擢しちゃうんです」

「それでどうなるんです?」

「儲けても儲けても、工場で働く労働者たちの生活は貧しい。自らも労働者出身の主人公は悩むでしょう」

「そりゃあ、主人公はいい人だから悩むでしょう」

「そのあたりで『剰余価値』というものを、脇役が主人公に教えたらどうかなあ」

「要は剰余価値を労働者から奪って利益を得るのが、資本主義の世の中なんだって説明するんですね? 労働者から搾れるだけ搾り取ることで極限の利益を手にする――この徹底した搾取こそが有能な経営者、資本家の証なのだと。主人公が善良な労働者から冷酷な経営者に変質する瞬間」

「そうそう。そんな感じですかね」

このようにして「資本論」の主要概念をストーリーのどのあたりで入れるのが適切かを話し合って決めていったのであります。

 

「少年マガジン」と『資本論』の融合

この作業は、油絵を描くときの過程に似ています。だいたいの構図を決めて大きい所から線や面を決めていき、徐々にこんな調子で細部を書き込むように話を煮詰めていきます。

「少年マガジン」伝統のオーソドックス漫画技法と、難解な論文である『資本論』の融合なのであります。

そう言うと格好いいのですが、そんなに簡単に事は進みません。

ストーリーに偏りすぎればマルクスの言っていることからはみ出てしまうし、逆に『資本論』の中身を意識しすぎると勉強させられているみたいで学習漫画になってしまって面白くなくなるのです。

胃の痛い数ヵ月を送り、やっと何とか創刊に間に合いました。

二人ともホッとはしましたが、未だにあそこはこうすればよかった、ああすればよかったと反省するのです。

仕方がありません。

こんな漫画を作ったことは講談社ではなかったし、業界でも珍しいのですから。

はじめの一歩です。

もっと技量を身に着け、もっと面白いものを作らなくては、と思う今日この頃です。