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コンビニ従業員やタクシー運転手に「過剰な負担」を強いる日本の未来

「フィンテックの社会的費用」とは何か

増え続ける「支払い方法」

オフィス近くの昼時のスーパー。4台並ぶレジには、それぞれレジ担当の従業員が配置されている。そのうちの一人は、東南アジア出身とみられる若い男。流暢ではないものの、一生懸命に日本語を話す姿勢に好感を持ち、私は彼のレジに並んだ。

このスーパーのレジでは、バーコードを読み取って会計をするだけでなく、袋詰めも同時に行う。昼時なので、買い物の中心は、お弁当、焼きたてピザ、ヨーグルトなど様々だ。

事前にしっかりトレーニングされたのであろう。お弁当には箸、焼きたてピザにはプラスチック製のナイフとフォーク、ヨーグルトには小さなスプーン。彼はミスなく、必要なものを手際よくレジ袋に入れる。

支払いの合計金額が、レジに表示される。すると、彼は日本語で「Tポイントカードはお持ちですか?」と聞いてくる。Tポイントカードを持っていない私は「いえ持っていません」と答えて、持参したスイカを見せた。彼は、スイカでの支払いに、これまた即座に対応する。見事なものだ。

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タクシー運転手も、消費者の要望に必死に応えることを要求されている。

海外のタクシーは、支払い方法が限られている。現金のみ。あるいはクレジットカード。中国ではスマホでの支払い。一方、我が国ではどうであろうか。前述のスイカをはじめ、多くの支払い方法が林立している。先日乗車したタクシーで運転手に聞いてみたら、「お客さん、数えたことないけど、最近は20種類以上の支払い方法があるから対応が大変なんですよ」とのこと。

コンビニでも状況は同様である。現金で弁当やソフトドリンクを買うという、かつての牧歌的な風景はもはやない。コンサートチケットの購入、税金の支払い、宅配便の受け取りなど、コンビニの店員の業務は増え続け、負荷も増すばかりである。

最近では、民泊の鍵の受け渡しをコンビニ各社が開始することを発表した。あまりに煩雑な業務が多いため、中国人留学生のアルバイト先としては、コンビニは今や敬遠されているという。

 

こうした事実から、おそらくまだ誰も指摘していない、ある重大な問題を見て取ることができる。それは、我が国のサービス業の末端に、労働生産性や労働装備率といった経済指標には表れにくい大きな「負荷」が押し付けられているということだ。

昨年話題になった宅配便のドライバー不足は、その序章だったのかもしれない。日本の宅配ドライバーには、他国では類を見ない複雑な業務フローが課されている。昨今のフィンテックブームを見るにつけ、こうしたサービス業の末端への負荷が更に増すのではないかと危惧される。

末端に過剰な負荷がかかる社会

ある大手専門店チェーンの経営者である多根幹雄氏の著書『スイス人が教えてくれた「がらくた」ではなく「ヴィンテージ」になれる生き方』(主婦の友社、2016年)に、興味深いスイスの事例が紹介されている。

スイスの交通機関では、おつりが出ない券売機があるそうだ。人々はおつりがないようにお金を持って駅に行く。多少不便だが、おつりが出ない券売機は作りがシンプルで安く製造できるし、釣銭を補充する必要がなく、日々のオペレーションコストも低く抑えられるとか。冒頭で指摘した、サービス業の末端に過剰な負荷がかかっている日本とは、発想が大きく異なっている。

日本ではこうした状況で、今後さらにフィンテックで新しい支払方法が導入されようとしている。確かに、技術的には素晴らしいものが継続的に出てくるのであろう。また、一人の消費者として見ると、スマホなど携帯端末を上手く使いこなす人にとっては、この上なく便利な社会が到来すると思われる。

このような変化について、高齢者をはじめ携帯端末などのデジタル機器をうまく使いこなせない人と、使いこなせる人とのリテラシー格差問題を考える論考は少なくない。

しかし本稿では、消費者側(使う側)の格差問題ではなく、今後急速に台頭してくる問題として、「サービスを提供する側」の負荷の問題を提起したいと思う。これは「フィンテックの社会的費用」と呼ぶこともできる。

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