〔PHOTO〕西﨑進也
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人口3万人のしなびた漁村・深センが「世界最先端都市」になるまで

「深センビジネス」のキーマンが答えた

現在、「第5次日中経済ブーム」到来と言われる。過去4回のブームは、日本企業が中国へ進出するという一方通行だったのに対し、今回のブームは、中国企業の日本進出も始まり、双方向となっているのが特徴だ。2018年は、いわば中国企業の「日本進出元年」とも言える。

なかでも、このところ特に気を吐いているのが、深圳企業である。ファーウェイ(華為)、ZTE(中興通訊)、DJI(大疆創新)、BYD(比亜迪)……。深圳企業の破竹の勢いは、とどまるところを知らない。

今回は、いま一番ホットな「深圳ビジネス」のキーパーソンとの対談をお届けする。深圳市駐日経済貿易代表事務所の于智栄首席代表である。深圳でいま何が起こっているのか。日本との協業のポイントは何か。于智栄首席代表にたっぷり話を聞いた――。

平均年齢34歳の「移民都市」

近藤: 今年1月に、久しぶりに深圳を訪問しまして、その発展ぶりに度肝を抜かされました。

旧市街の福田区にある「華強北」(ホアチアンベイ)には、秋葉原の30倍もある巨大な電気街が広がっていた。「アジアのシリコンバレー」とか、そんな単純な言葉では言い表せない、近未来の世界を垣間見た気がしました。帰国してからは、多くの人に、「北京や上海よりも、香港に隣接した経済特区の深圳を見るべきだ」と勧めてきました。

 

于智栄: ありがとうございます。近藤さんが『週刊現代』に書かれた「深圳ルポ」は私も読みました。(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54302)

近藤: それは光栄です。私はこの30年ほど、継続して中国を見てきていますが、日本から見て学ぶべきは学んだ方がよいと思っています。深圳には何より、昔の日本にあった若いパワーとエネルギーに溢れていました。

于智栄: それはそうですね。深圳はもともと、人口3万人くらいの鄙びた漁村でしたが、1980年に鄧小平が中国初の経済特区に指定し、外資系企業を迎え入れ、そこから「深圳速度」と呼ばれる急速な経済発展が始まりました。いまでも、1250万市民の平均年齢は34歳で、中国で最も若い都市です。

私は年に1回、深圳に帰っていますが、帰るたびに、私でも道に迷ってしまうほど、日進月歩の進歩を遂げています(笑)。サービス分野でも、スマホ決済の進化に驚かされたりしています。

近藤: 深圳の町の風景も、北京や上海などとはまったく異なりますよね。何だか中国というより、カリフォルニア州にでも来たような気がしました。

于智栄: 気候が一年中、温かいですし、緑の多い都市設計をしていますからね。それに、95%が他所から移り住んで来た「移民都市」ということも、アメリカ的な雰囲気を与える理由かもしれません。

深圳は移民都市だから、包容力があります。誰にでも公平、対等に接しようとする気質がある。それは外国人に対しても同様です。

近藤: 包容力ということは、確かに感じました。広東省の一部なのに、深圳だけ公用語が広東語でなく北京語(普通話=プートンホア)というのも、広東省出身でない中国人にはありがたいですね。また、深圳のビジネスパーソンと名刺交換をすると、「会話は英語にしますか、中国語にしますか?」と聞かれる。深圳人にはアメリカ留学組が多いことを、再認識しました。

そのような国際的な環境の中で、深圳の人々は、朝から晩までよく働くなあという印象を持ちました。日本に戻って、「働き方改革」とか言っている日本の方が、よほど社会主義国に思えてきました。

于智栄: 深圳にはいまだに、チャイニーズ・ドリームが生きていますからね。国有企業中心の北京、金融業中心の上海に較べて、深圳の「風格」は、圧倒的に民営の中小の製造業をベースにしています。

深圳は順調に発展を続け、昨年はGDPで広州を抜き、北京と上海に次ぐ第三の都市になりました。隣接する香港と較べると、人口と面積は2倍ですが、GDPではもはや肩を並べるまでになってきました。それでも東京と較べると、人口と面積はほぼ同等ですが、GDPではまだ深圳の方が半分もいっていません。

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