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ホメオパシーは「実証された」!? 一流学術誌に載った論文の真相

ラボ・フェイク 第2回
人はなぜ、「科学らしいもの」に心ひかれてしまうのか……? 東京大学大学院で地球惑星科学を専攻、大学勤務を経て小説デビューし、「ニセ科学」の持つあやしい魅力と向き合うサスペンス『コンタミ 科学汚染』を上梓した作家・伊与原新氏。同氏が生み出した、ニセ科学に魅せられた科学者・Dr.ピガサスが語る、代替医療ホメオパシーの深層からは、科学とフェイクのゆらぎが見えてくる――。

"実証"されたホメオパシー?

前回(現代ビジネス<ホメオパシーが普通の医療より「優れていた」理由をご存知ですか>http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55676)は、伝統的なニセ医学「ホメオパシー」の誕生と、科学的な"死"、そして今またそれがゾンビのように甦っているという事実を紹介した。とくに欧米では、人々の強いニーズを受けとめる形で医療現場に深く浸透し、簡単には駆逐できないという状況に陥っている。

実は、その復活を強力に後押しした、驚くべき出来事がある。ホメオパシーにはプラセボ効果だけでは説明できない効能があるということを支持する論文が、世界有数の学術誌『ネイチャー』と『ランセット』に掲載されたのだ。

 

『ネイチャー』論文の内容はとりわけ衝撃的だ。フランスの生命科学者ジャック・バンヴェニストらが1988年に発表したもので、タイトルは「非常に希釈されたIgE抗血清による好塩基球脱顆粒」。

アレルギー反応に関する研究で、抗血清が白血球に対して引き起こす反応を見ている。ただし、タイトルにある「希釈」の度合は、まさにホメオパシー流。抗体分子一つさえ含まないほど抗血清を薄めても、薄めない場合と同じような反応を起こすという、信じがたい実験結果がこの論文で示されたのだ。

[写真]ジャック・バンヴェニスト(Photo by GettyImages)ジャック・バンヴェニスト(Photo by GettyImages)

バンヴェニストはもともとホメオパシーの信奉者だったというわけではない。研究を進める中でホメオパシーに接近し、その教義とも言える「水の記憶」というアイデアにとりつかれるようになったらしい。

ラベルをはがすと、効果が消える…?

論文のことを知ったホメオパスたちは色めき立ち、研究者たちは困惑した。『ネイチャー』編集部は、論文を掲載する一方で、調査団をバンヴェニストの研究室に派遣した。そして最終的には、バンヴェニストらの主張に科学的信頼性はない、という結論を下すに至る。

どういうことか。一連の実験はすべて、ある研究員が単独でおこなっていたのだが、その人物は実験を「盲検化」していなかったのだ。

例えば、新薬の臨床試験では、患者を二群に分け、本物の薬と偽薬(プラセボ)を与えて比較する。その際、患者にはどちらが与えられているか知らされない。これが盲検化だ。投薬する医師にもそれが隠される場合は、二重盲検法と呼ばれる。

件の研究員は、それをしていなかった。ホメオパシー流の超希釈液とただの水とで対照実験をおこなう際、どちらを今自分が使っているか、研究員は知っていたわけだ。実際、調査団が試験官のラベルをはがしてしまうと、二群が示す反応に差はなくなった。

その実験では、白血球の反応の有無が目視によって判定されていた。つまり、研究員がおこなった判定には、おそらく無意識のうちに、バイアスがかかっていたのだ。ある仮説を検証しようとするとき、それを支持する情報ばかりを集めようとする傾向、いわゆる「確証バイアス」だ。

少し脱線するが、『ネイチャー』が派遣した調査団には、プロの奇術師が一人含まれていた。その名もジェームズ・ランディ。ユリ・ゲラーの"超能力"を暴いたことで有名だ。ランディはニセ科学の批判者としても知られ、その年もっとも"トンデモ"な科学を提唱した者に「ピガサス賞」なるものを(勝手に)授与している。

ピガサス」とは、羽の生えたブタ、つまり「ペガサス」のブタ版だ。英語の慣用句「when pigs fly(絶対に起こり得ない)」に由来するらしい。私は昔からジェームズ・ランディの熱烈なファンで、それを公言しているうちに、誰からともなく「Dr. ピガサス」と呼ばれるようになった。光栄なことである。