メディア・マスコミ

崖っぷちの広告業界、変革の鍵は「メディアのベンチャーキャピタル」化

~とあるクリエイターの10年を辿る
三浦 崇宏 プロフィール

不動産からベンチャーキャピタルへ

震災を経て2012年になり、ツイッターをはじめとしたSNSはもはやコミュニケーションのインフラとなった。マスメディアの力は弱まり続け、玉石混交の新興メディアが乱立するなか、広告代理店はそれまでの「巨大な土地中心の不動産業」からの脱却を迫られていた。現場の一人一人の社員は、より効率的なメディアの使い方や、爆発的なバズるアイディアの開発に苦心し続けていた。

そんなとき、ぼくは博報堂のPR戦略局から、子会社であり海外の広告代理店TBWAシャイアットと博報堂の合弁会社であるTBWA\HAKUHODOのクリエイティブ部門への異動を志願する。メディアの新しい使い方が問われている時代、いよいよクリエイティブの力が重要になると確信していたからだ。

この会社は、当時は珍しいクリエイターのフィー(企画人件費)を収益の中心にしており、博報堂グループの中で、いや、日本の広告代理店ビジネスにおいて今もなお最も先鋭的なチャレンジを続けている企業だ。ぼくはここでクリエイターとして、各種のメディアをフラットに使い分けて最適なコミュニケーションを設計する取り組みにトライする。

そこでもいくつかの小さな成功とたくさんの挫折、そして大切な発見をすることになるのだが、それは次回の「クリエイターの正念場」にとっておく。

 

そんな変化を迫られ続ける博報堂をはじめとした広告代理店はどこへ向かうべきか。

一つの方向性として見えているのは、「メディアの不動産業」から、「メディアのベンチャーキャピタル」へと舵を切ることだ。

2004年にインターネット広告会社の雄であるサイバーエージェント社が、これまでの広告代理店が絶対にやらなかったメディアビジネスの革命を起こしている。それがアメーバブログの立ち上げだ。

その後、同社はいくつかのキュレーションメディアを立ち上げ、現在ではインターネットテレビ放送局、アベマTVの普及を推進している。広告代理店が自社でメディアを立ち上げ、運営し、収益化するという、これまでの大手広告代理店が絶対にやらなかったことを鮮やかに実現してしまった。

広告代理店は、既存のメディアに利益を提供するという使命があるので、彼らの利益を奪う可能性がある新しいメディアの立ち上げを自社でやることはない……。これがそれまでの常識だった。

しかし、広告代理店のもう一つの存在意義である、クライアントの要求に応え、広く、適切に、そして安価に情報を届けるという使命に従うのであれば、当然コントロールが効く大きなメディアを自社で立ち上げて、クライアントサービスとして提供していくのは自然なことだ。

当時、大手の広告代理店が特に注目しているわけではなかったサイバーエージェントの取り組みは10数年を経て、広告ビジネスの未来を示す指針として明確な光を放つ。

2018年現在、サイバーエージェントの時価総額は博報堂のそれを上回っている。

ピンチはチャンス。というかピンチはクイズ。

今後もメディアの大航海時代は続くはずだ。新大陸はいくらでもある。インターネットテレビ局をはじめとして、Netflixやアマゾンプライムなどのサブスクリプションサービスは国内でも有力サービスが生まれていくだろう。また、voicyのような音声を活用した新しいメディアもスマートスピーカーや音声認識技術の進歩とともに生活に溶け込んでいくことが予想される。

WEBメディアではスマートニュースやLINEニュースといったキュレーションサービスが強い影響力を持つ一方で、バズフィード、ハフポストといった独自のスタンスを持つメディアの存在感も高まっている。そしてそれらメディアをつなぎ、また生活者一人一人に寄り添うSNSはインフラとしての重要度を増していく。

これだけじゃない。ここでは書ききれないメディアが数も質も無限に拡大、細分化していく。

そんな中で、広告代理店はあらゆるメディアに対してフラットな組み方ができる体制をとった上で、生活者に対する情報価値が高いものに対しては積極的に投資していくことが必要になるだろう。言い換えれば、メディアを売り買いするだけではなく、メディアを育てるという考え方だ。

例えば、総合PR会社のベクトルは、近年、小規模なWEBニュースメディアのM&Aを続けている。クライアントのニュースやコンテンツを、自社が運営するメディアに配信することができるようになれば、表現のアイディアや、PRの戦略に頭を悩ませる必要はない。

大手の広告代理店も、メディアやクライアントとともに投資し、新しいメディアを立ち上げることや、既存のメディアを早いタイミングで買取り、大きな影響力を持つものに育てていく取り組みにチャレンジしたっていい。

例えば、DeNAが運営するキュレーションメディアの情報に、信ぴょう性がないとして、ネットメディア全体のモラルを問い直す大きな問題になったことがあるが、あのタイミングで、電通や博報堂があのメディアを一旦リーズナブルな価格で買い取り、生活者に有益なメディアとして立て直し、時間をかけてマネタイズしていくというような発想もあったはずだ。

たとえ、今はまだ影響力の低いメディアでも、それによって生活者を豊かにすることができるのであれば、広告代理店は、応援し、仕事を作り、拡大していくことができる。それだけの人手とお金と、あらゆる企業や既存メディアとのネットワークがあるのが大手の総合代理店の強みではないか。

小さくても、独自の価値があるメディアが今よりももっと増えれば、生活者は自ら情報を取捨選択できるようになる。コミュニケーションによって社会を豊かにすることは、広告代理店のずっと変わらない使命のはずだ。

TBWA\HAKUHODOに異動してまもない頃、外資系企業独特の仕事の進め方に慣れなかったぼくに、コピーライターの先輩が言ってくれた言葉を今も思い出す。

「ピンチはチャンスっていうと、ありきたりだし、どうしていいかわかんないよね。だけど、ピンチはクイズだって考えれば、もうちょっと頭を使おうって気持ちにならない?」

そう。広告代理店にとっては実は今こそ、アイディア、クリエイティビティの出番だとも言える。メディアの不動産業から、メディアのベンチャーキャピタルへ。販売から投資へ。コミュニケーションで社会を豊かにすることを使命とするならば、広告代理店ビジネスの正念場はそのまま、広告代理店の進化するチャンスでもある。

同じことはクリエイターにも言える。個人的には今ほど僕たちの力が求められている時代はないと思う。詳しくは、次回「クリエイター篇」で。

「いつだって悲観は気分、楽観は意志だ。我々は常に意志をもって、こう言い続ける。いこう、その先へ」

2017年1月5日、博報堂に入社してからちょうど10年がたった日に、ぼくは今の会社を立ち上げた。

その時の決意表明の言葉で、この原稿を締めくくろうと思う。
 

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