読書人の雑誌「本」

人はいつから「毛皮」を捨てたのか~ダーウィンも解けなかった謎

『はだかの起原』を読む
島 泰三

はだかの皮膚は、なぜできたか

本書の発想の原点は、あの台風の日にすえられ、構想の原型はマダガスカル生活の間にかたまった。

1999年に月刊誌『ソトコト』創刊号の巻頭に、本書『はだかの起原 不適者は生きのびる』(講談社学術文庫)の冒頭部分が掲載されることになり、4年半の連載原稿を書き直して、2004年に木楽舎から本書の原型が刊行された。

雑賀青年との掛け合いで議論を進める構成は、当時マダガスカルでいっしょに旅することの多かった青年たちとの実際の会話を組み合わせたものだった。

最初は漠然と、人間の直立二足歩行と裸化は同時に起こったと考えていたので、直立二足歩行を説明する原理を発見しさえすれば、裸化もそのまま説明できると思っていた。

しかし、いざ直立二足歩行の説明に成功する(拙著『親指はなぜ太いのか 直立二足歩行の起原に迫る』)と、その原理は裸化にはまったく使えないことが分かった。

これは、一種新鮮な驚きで、人間を理解するためには、ひとつのカギだけではとうてい足りないのだと思い知らされた。

人間のはだかの皮膚については、学術論文は少ないがあまたの人が自説を展開しているので、それらをひとつひとつ点検していけば、信頼できる説に出会えると期待していた。

しかし、そのどれにも納得できる根拠が見いだせず、最後にダーウィンの説を検討して、そのあまりに雑な議論に驚くしかなかった。

「なぜ、はだかの皮膚が生まれたのか?」と問う時、ダーウィン流進化論者たちは、はだかの皮膚が適している条件や環境を探し回っていた。

私ははだかの哺乳類(けものたち)を探して、彼らが生き残った条件を明らかにする道を選んだ。これは楽しかった。

「はだかのけものたち」は、実に驚くようなものばかりで、そこから、多くの霊長類や人類種の中で現代人だけがはだかである、という結論をえた。

ダーウィン流の自然淘汰説は適者の生存を語るのだが、不適者が生存のために苦闘を繰りかえすことこそ、生命の真相ではないだろうか。それが、本書のテーマとなった。

昨年暮れ、日本人類学界・霊長類学界の大家二人が刊行した本の中に「人類の裸化は百二十万年前に始まった」とあった。つまり、現代人ではなく、原人たちの時代に裸化があったというのである。

かくて本書では最後の最後まで、これら学界の大家らとの苦闘が綴られることとなった。

読書人の雑誌「本」2018年6月号より

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