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分子版「ジュラシック・パーク」の世界

生命1.0への道 第10回

SFがどんどん現実になっていくかのような合成生物学の世界――今回は、40億年以上前に存在したかもしれない「原始タンパク質」の再現をめざして奮闘する科学者の登場です。

絵・米田​絵理

アミノ酸からタンパク質をつくる「翻訳系」は、いったいどのようにしてできあがったのか? 生命の根源に迫るこの問いのヒントは、意外にも「くせ毛」にあったのです!

と言われても何のことやら、でしょうが、読めばわかります。「生命1.0への道」第10回で、「くせ毛」と「原始タンパク質」の間に流れる40億年の時を感じてください。

くせ毛に秘められた進化の謎

マイケル・クライトン原作、スティーブン・スピルバーグ監督の映画『ジュラシック・パーク』が大ヒットしたのは、今から四半世紀も前の1993年だ(動画1)。それ以降、シリーズ化され、今年は第5作目の『ジュラシック・ワールド/炎の王国』が公開される。

ご存知の方も多いと思うが、その大元となったアイデアは、遺伝子工学を使って恐竜を現代に蘇らせることだった。琥珀に閉じこめられた蚊の腹部から恐竜の血液を取りだしてDNAを復元し、ワニの未受精卵に導入して発生させる。

6500万年前までに滅びた恐竜のDNAを復元するのは、現実にはほぼ不可能だ。しかし同様な考えでマンモスのような絶滅動物を蘇らせようとする研究は、世界各国で進められている。まだ成功した例はないし、倫理的な問題も議論されているが、数万年くらいだったら時を遡ることも夢ではないらしい。

いずれにしても、ここで使われる遺伝子工学は、合成生物学の一種とみなされる。

そして生命の起源に合成生物学で迫ろうとしている研究者の間では、40億年以上前に存在したはずの「原始タンパク質」を再現しようとする研究も進められている。言わば「ジュラシック・パーク」の分子版だ。

そう聞いてもピンとこない人が多いだろう。そもそも原始タンパク質とは何なのか。いきなりだが、くせ毛の話から始めたい。

動画1 映画『ジュラシック・パーク』(3D版)の予告映像 ※https://youtu.be/_IesovZQR4gより

日本人を含む東アジア人には直毛が多いと言われる。しかし筆者の周囲には、くせ毛に悩んでいる人がけっこういる(写真1)。私事ながら実は愚息もそうで、朝起きると必ず頭髪全体がイギリス近衛兵の帽子を被ったように立ち上がっている。その半分でもいいからもらって、寂しくなった自分の頭に載せたいと願うくらいだが、本人には厄介なことらしい。

この、くせ毛の原因に深く関わっているのが、システインという含硫アミノ酸である。「含硫」というのは硫黄を含む、という意味だ。

【写真】天然パーマと子どものくせ毛
写真1 いわゆる「天然パーマ」(左)と子供のくせ毛

髪の毛を構成するケラチンなどのタンパク質には、このシステインが多く含まれている。それはタンパク質とタンパク質を結びつける役目を果たしているのだが、イメージとしては梯子の桁を思い浮かべてほしい。つまり2本の棒ないしは板の間に、桁を渡すのがシステインだ。

その渡しかたがちゃんと平行ではなく斜めになっていたりすると、タンパク質によってつくられる構造自体が歪んでしまう。結局はその歪みが、髪の毛のクセとなって現れるというわけだ。

パーマはその現象を逆手にとっている。本来、正しく平行に渡されているシステインの桁を薬品でブチブチと切断し、カーラーなどで髪の毛にわざとクセをつけてから、再び薬品で桁を修復してやる。するとタンパク質の構造が歪んだ状態で結びついてしまうのだ。これによって人工的にクセが維持される(図1)。

もちろんシステインは、くせ毛の原因になっているだけのアミノ酸ではない。裏を返せば、タンパク質の立体構造の形成や維持に、重要な役割を担っているということだ。また最近は抗酸化作用や美肌効果があるとか、二日酔いに効くという触れこみのサプリメントにもなっている。

しかし、それは副次的な効果で、そもそもエネルギーをつくりだす代謝には欠かせないし、植物の光合成にも必須という「生きること」の根幹に関わる物質なのだ。さらには生命の起源においても、重要な役目を果たしていた可能性がある。そのわりには何となく目立たないのだが……。

【図】 パーマの原理
図1 パーマの原理 (1)~(6)はシステインによるタンパク質どうしの結合(桁)を表す。(a)パーマをかける前の髪(b)薬品で結合を切ったところ(c)髪にクセをつけてから再結合させたところ

40億年前、システインは存在していなかった?

我々の体の60%は水分である。残り40%を占める固形分のうち半分、つまり20%はタンパク質でできている。約10万種類と言われているそうしたタンパク質は、どれもアミノ酸が数百以上つながったものだ。したがって20%はアミノ酸と言い換えてもいい。

地球上では500種類ものアミノ酸が発見されている。しかし生物のタンパク質を構成しているのは、そのうちの20種類でしかない(表1)。どうして、その20種類になったのかというのも大きな謎なのだが、とりあえず今は忘れておこう。

「必須アミノ酸」という言葉を聞いたことがあると思うが、これは20種類のうち生物が体内で合成できないアミノ酸だ。人間の場合は9種類で、これらは食物から摂取しなければならない。一方で「非必須アミノ酸」は体内で合成できるが、だからといって食べなくてもいいというわけではない。人間の場合は11種類あって、システインはそこに含まれる。

ちなみにタンパク質は構成しないが、細胞や血液中に蓄えられている「遊離アミノ酸」というのもある。これらも生きるためには必要で、代表的なものは3種類ほどだ。

【表】人間の体にあるアミノ酸
表1 人間の体にあるアミノ酸。システインは非必須アミノ酸(体内で合成できるアミノ酸)に含まれる

上の表を眺めてみると、馴染みのある名前とそうでないものがある。アスパラギン(酸)やグルタミン(酸)、オルニチン、GABAなどは、よく聞く。バリンとロイシン、イソロイシンの三つをまとめた別名「BCAA」にも見覚えがある。いずれもサプリメントや調味料の成分表などに、よく載っているからだろう。

システインもサプリメントにはなっているが、あまり知られていない気がする。だが量の多寡はあれ、大部分のタンパク質に含まれている。目立たないが、なくてはならない存在だ。ところが謎めいたアミノ酸でもあって、生命が誕生する40億年前までは存在しなかったかもしれないという。

第3回で触れたが、地球に落ちてくる隕石の中には、もともとアミノ酸を含むものがある。それらと隕石の衝突によって生じるアミノ酸を合わせれば、表の20種類のうち半分以上が揃ってしまう。だがシステインは今のところ、そのリストに入っていない。

またフラスコ内で電気火花を散らす「ユーリー=ミラーの実験(本連載第1回参照)」のように、原始地球環境を模したさまざまな化学進化実験でも、ホモシステインやメチオニンといった含硫アミノ酸は生成しているのに、なぜかシステインだけは確実な報告がない。おそらく、できてもすぐ別の化合物に変化してしまうか、あるいはそもそも生物の働きなしでは、非常にできにくいアミノ酸なのである。

システインが生物によってつくられる化学的な過程には、3つくらいのパターンがある。基本的にはセリン(人間では非必須アミノ酸)を出発点とすることが多い。そこから何段階かの化学反応を経てシステインが合成されるのだが、その過程には何種類かの酵素(タンパク質)が関わっている。実はここに問題がある。

セリンは隕石の衝突などでも生成するので、40億年以上前から現在に至るまで存在したと考えていい。一方でシステインは、原始地球に存在しなかった可能性がある。ところが現在、システインをつくるのに必要な酵素には、それを構成するアミノ酸の1つとして、すでにシステインが入っているのだ。

ではシステインのない時代には、どうやってシステインをつくっていたのか? 典型的な「卵が先か、鶏が先か」というパラドックスである。これを、どう解いたらいいのか。とにかくシステインができないと、タンパク質は立体構造をつくれないし、生物は代謝も光合成もできない。ここで、また1人の合成生物学者が登場する。