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夢と「もうひとつの家族」を捨てて、第二の人生を歩き始めた父の胸中

現役証券マン・家族をさがす旅【17】

78歳で倒れ、入院した父。息子で40代の「ぼく」は、ぶっきらぼうで家族を顧みない性格の父にずっと反発を覚えていたが、父に前妻がいたこと、そして自分の腹違いの兄が存在することを聞かされ、父の人生に強い興味を抱くようになる。

かつての知人を訪ね歩き、若き日の父の姿を追いかける「ぼく」の前に、30代で仕事を転々としていた頃の父をよく知る人物が現れた…。

現役証券マンで作家の町田哲也氏が、実体験をもとに描くノンフィクション・ノベル『家族をさがす旅』。

父の元同僚の証言

岩本氏は思ったより小柄で、やや痩せ型の体型だった。髪型は短めで、60代後半にしては、黒い髪の毛が目立つ。何度も連絡が遅くなったことを詫び、「町田さんにはお世話になりました」という言葉を繰り返していた。

岩本貞夫は1949年生まれ。N乳業の販売会社である、日の丸特販に所属していた。錦糸町に本社のある銅島乳業に吸収される形で、両社が合併した。

当時のN乳業は市販商品には強いが、業務用の世界では後れを取っていた。N乳業は業務用市場を開拓するため、商品販売部を立ち上げるほどの力の入れようだった。

ターゲットは、個人経営のケーキ屋だ。ケーキ屋は、2日に1回ケーキを作るとしても、毎回9リットルの生クリームが必要になる。このようなケーキ屋を開拓するうえで、営業担当が父で配達の手配などをしていたのが岩本氏だった。

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今でもN乳業の戸田工場は残っている。以前は平屋で、駐車場になっている場所に出荷事務所があった。当時岩本氏は蕨市内に住み、父は川口の青木町に住んでいた。小学校の近くにあるアパートに、よく父を迎えに行った。

仕事で直接絡むことはあまりなかったが、とにかくよく飲みに誘われたという。風邪をひいてアパートで寝込んでいても、平気で誘いに来る。「行くぞ」といって飲みに行くのだが、まだ独身の岩本氏が誘いやすかったのだろう。

憶えているのは、ある大きな製菓会社を父が担当していたときのことだ。会社の懇親会に業者として招かれたのだが、なぜか岩本氏も呼ばれることになった。「お前も来いよ」といわれれば、ついていくしかなかった。そういって岩本氏は、当時の記念写真を示した。

 

「まだ若いですね」

100人近い浴衣姿が、宴会場らしい場所で写真を撮っている。右上のほうに映っているのが父で、温泉に入った後だからか、髪の毛がぼさぼさに見える。遠く左下に映っているのが岩本氏で、こちらはやや緊張した面持ちだ。

「昭和52年だから、自分が28歳のときかな」

「父のほうが10歳年上ですので、38歳ですね」

「この後少ししてから、お店をはじめたんだよね」

「ケーキ屋をはじめるにあたっては、何かいわれてたんですか?」

「俺なんかには何もないよ。はじめるから、ついて来いっていうだけだ」

「そうなんですか?」

「もちろん、ケーキ屋が今までの営業相手だから、町田さんなりの狙いはあったと思うよ」

「クリームを安く仕入れることができるとか?」

「それもあったかもしれないけど、一番は、これなら稼げるって確信が持てたんじゃないかな」

ケーキは回転が悪いが、パンは毎日一定数が売れていく。ケーキがしっかり売れていればパンは作る必要がないが、毎日顧客に来店してもらうためには両方が必要だったのだろう。しかし独立するにあたっては、そういった読みも聞かされていなかった。

「今思えば、あのとき俺に担当してほしかったのかもしれないな」

岩本氏は、思い出すようにいった。

「そんなこと可能だったんですか?」

「いや。営業エリアも違ったし、自分がやるわけにはいかなかったんだ。俺と同期の人間が担当になったんだけど、性格が合わなくてね」

「父と合う方なんて、ほとんどいませんから」

「そうかもしれないな」

岩本氏は、ぼくの言葉に苦笑いした。

当初は職人を採用したが、馴染めずに辞められていた。その後は父が自分で作っていたようだ。ケーキ作りのノウハウがなかったので、相当苦労したのではないか。商売がうまくいかず、売掛金が何百万円にもなったときには、岩本氏が取り立てに駆り出されたこともあった。

逆にロビンズでセールをやるというので、手伝いに呼び出されたこともある。憶えているのは、ほかに出入りしていた業者とやり合って、その上司の頭を殴ったときのことだ。

ムチャクチャな性格だったが、やることは曲がっていなかったというのが、岩本氏の記憶に残る父の姿だ。筋を通すタイプで、芯が強い。

 
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