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私がその日、ブルーバックス編集長に「大目玉を食らった」理由

「物理学白熱講義」誕生秘話
科学新書シリーズ「ブルーバックス」を創刊から見つめ続け、数々の物理学のヒット本を生み出してきた山田克哉氏。その山田氏がブルーバックスと歩んできた、知られざる55年史を明かす。

ブルーバックス創刊号を手にアメリカへ

1964年6月、東京オリンピックの開幕を4ヵ月後に控え、得も言われぬ高揚感と熱気に包まれた日本を発った私は単身、アメリカに向かう貨物船へと乗り込んだ。知人も友人も1人もいない未知の国への長い旅路の友として、1冊の本を携えていた。

前年の1963年9月に刊行された講談社ブルーバックスの創刊第一号『人工頭脳時代』(菊池誠著)である。「頭脳労働の革命が始まっている」という副題がつけられた同書が発売された当時、コンピュータはまだ、平均的な大学の工学部研究棟の半分ほどを占めるような巨大なものだった。

50年代中頃の大型コンピューター photo by gettyimages
1950年代中ごろの大型コンピュータ。写真は米空軍のものと思われる photo by gettyimages

人間の頭脳の働きをまねてつくられたそのコンピュータが、やがて私たちの労働のあり方を変えていくほどの潜在能力を秘めていると説く同書の主張は、「高度経済成長時代」のとば口に立ち、誰もが意気揚々と働いていた時代にどのように受け止められたのだろう?

少なくとも私は、日本でおそらく初めての、本格的な科学啓蒙シリーズが登場したことに、少なからぬ興奮を覚えていた。

以降の半世紀以上にわたり、私はアメリカに居座り続けることになるのだが、その間も、火星人をシンボルキャラクターとするこのユニークなポピュラー・サイエンス新書の愛読者であり続けてきた。1960年代後半から90年代初頭にかけて、『マックスウェルの悪魔』に代表されるベストセラーを連発した都筑卓司氏の著作はすべて読破している。

とはいえ、まさかそのシリーズから、のちに自身の著作が刊行されることになるなどとは、当時の私には想像すらできないことだった。大学を出たての、23歳の1人の若者として希望に胸を膨らませ、「ようし! やったるでぇ!」という強い気持ちだけを裡(うち)に秘めて、まだ見ぬ異国を目指し、太平洋を横断したのである。

ブルーバックスを手に貨物船で旅立った
ブルーバックス創刊号を手に貨物船に乗り込んだ photo by iStock
人工頭脳、マックスウェル 表1『人工頭脳時代』と『マックスウェルの悪魔』の初版

編集部註:『人工頭脳時代』は残念ながら現在品切れ・重版未定です。『マックスウェルの悪魔』は新装版があります。