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20代の看護師に文句ばかり言う入院中の父と、心配する母の傍らで

現役証券マン・家族をさがす旅【16】

現役証券マンにして作家の町田哲也氏が、実体験をもとにつづるノンフィクション・ノベル『家族をさがす旅』。

2度の手術を乗り越え入院中の78歳の父は、20代のころ岩波映画でカメラマンとして働いたものの挫折、その後は工場勤務などを経てパン屋を開業した。

若き日の父の姿を知りたいと、息子の「ぼく」は父のかつての知人を訪ね歩いているが、まだその輪郭はおぼろげなままだ。一方で、リハビリに臨む父の記憶は、明らかに衰え始めていた。

嫌われてしまうのでは…

父が強いこだわりを見せたのが、飲料水についてだった。飲食は完全に禁じられているが、話せばのどが渇くし、口を潤したくなる欲求は抑えることができなかった。

「今ならばれねえから、水を1本買って来いよ」

「お医者さんに、ダメだっていわれてるでしょ」

「お前まで何いってるんだよ。医者のいうことばっかり聞いてるんじゃねえよ」

テレビを見たり、リモコンでベッドの調整を行ったりしていると、母に水を要求することがあった。水を飲めないことがわかっていないので、母の対応が気に食わない。

ティッシュに水を含ませたものをしゃぶっていたが、水が臭くて嫌だという。そこで看護師にコップを用意してもらい、飲料水で湿らせたガーゼを口に入れるようになった。

この頃父の面倒をよく見てくれたのが、看護学校からの研修生だった。二十歳そこそこの学生のようで、明るい受け答えが気持ち良いのだが、業務に慣れていないからか、何かと作業に時間がかかるのが難点だった。

 

母からすれば、昼間は寝過ぎないように父に積極的に話しかけて欲しい。しかしまだ学生で共通する話題が乏しいからか、話しはじめても父がすぐに飽きてしまう。

機嫌の悪いときは、父の格好の攻撃対象だ。相手が強くいえないことがわかると、リハビリも口の掃除もしたがらない。おむつ交換も「寒いから早くやってよ」という態度で、お願いするような姿勢はみじんもなかった。

対応がむずかしいのが、手のかかるシャワーのときだ。父はシャワーを浴びるのは好きだが、終わると、「寒い、寒い」、「早くしてくれ」を連発して大騒ぎになる。

お腹のテープの貼り替えをする手際が悪いといっては悪態をつき、チューブから栄養剤が漏れてしまったことがあった。汚れたテープやパジャマを交換しなければならない。あまりに父が文句ばかりいうので、看護師に嫌われてしまうのではないかと母が心配していた。

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退院に向けての準備も、進められていた。市の高齢福祉課から手紙が来た。介護認定調査の結果が10月22日に決定されるとのことだった。

増田相談員から、退院後について話があった。胃と十二指腸をつなげる手術をするまでの間は、療養型病院であるR病院に転院するのが良いのではないかとのことだった。R病院はO市内にあるので、実家からも近い。新しい相談員もすぐに紹介できるとのことだった。

手術は2月か3月になるとのことなので、半年近くR病院に入院することになる。緊急病院ではないので設備は今より劣るが、家に帰るよりは安心だ。コストがどれだけかかるかという心配がある。

母は、R病院に面接のアポイントを取った。増田相談員にその旨を伝えると、八木医師も相談に乗ってくれた。

転院しても定期的にメディカルセンターに診察に来ることや、手術は本人の状態によってはやらない選択肢もあることなどを伝えられた。

トイレでは、勝手に手洗いの水を飲もうとするので要注意だ。よほど水が飲みたいのだろうが、看護師の話では、最近胃ろうの廃棄液が多いらしい。血が混じっていることもあり、水は口を湿らす程度にした方が良いという。

口が乾くのを防ぐために、売店でリップクリームを購入した。さっそく使用すると、ずいぶんと唇の荒れに効くようだった。

ぼくが見舞いに行くと、お腹を出して寝ていることがあった。シャワーを浴びてベッドに戻ってきたところで、「いつも一番風呂に入れてもらっている」と、気持ちよさそうにしていた。