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日本郵政が「正社員待遇引き下げ」というパンドラの箱を開けた事情

ついに非正規しわ寄せに限界が…
加谷 珪一 プロフィール

企業が重視するのは総人件費

多くのサラリーマンは自分が受け取る給料の額しか見ていないが、企業の経営者や人事部門は全く異なる視点を持っている。それは企業の総人件費という概念である。

企業は事業で得た付加価値(会計的には売上総利益)の中から、人件費や広告宣伝費などを捻出し、残りを利益として計上する。人件費や広告宣伝費は「販売及び一般管理費(いわゆる販管費)」という費目になっているが、販管費に占める人件費の割合は高く、日本全体では約5割となっている。

企業の経営者は、社員の年収がいくらなのかについてはあまり関心を示さない。重要なのは総人件費と、これが販管費に占める割合である。

過去5年間で日本企業全体の総人件費は3.2%増加したが、同じ期間で従業員の平均給与はほとんど変わっていない。つまり、従業員単体で見れば、ほとんど昇給が行われていないものの、従業員の数は増えており、企業が負担する総人件費は増大していることになる。

日本企業が従業員の数を増やしているのは、国内独特の雇用慣行が大きく影響している。

 

日本では原則として従業員の解雇はできない。だが事業環境の変化は以前より早くなっており、各企業は業態転換に追われている。諸外国の企業であれば、不要となった部門を閉鎖し、当該部門の従業員を解雇する代わりに、新しいスキルを持った社員を新規に雇用するだろう。

日本企業はそれができないため、既存社員の配置転換で業態転換に対応せざるを得ない。だが新事業のノウハウは社内に存在しないことが多いので、ある程度は外部から社員を雇わざるを得ない。

新規事業を実施するたびに社員の数が増えていくので、総人件費も同時に増えていく。企業は何らかの形で社員の待遇を引き下げなければ、コストの増加をカバーできない仕組みになっているのだ。

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非正規にシワ寄せするのはもう限界

これまでは、下請けに対して値引きを強要したり、コストの安い非正規社員への切り替えを進めることで何とか人件費の増大をカバーしてきた。だがこうしたやり方もそろそろ限界に達しつつある。この状態に追い打ちをかけたのが、空前の人手不足によるパートやアルバイトの賃金上昇である。

企業の現場では、アルバイトやパートなど多数の非正規社員が業務を回しており、彼等抜きでは、日常的なオペレーションもままならない状況となっている。

アルバイトやパートの賃金は、正社員とは異なり市場メカニズムで決定されるので、企業が恣意的にコントロールすることはできない。このところ大都市圏のアルバイト、パートの時給が大きく上昇しており、企業の利益を圧迫している。

人手不足が今後も継続することはほぼ確実であり、もはや正社員の待遇を引き下げるしか利益拡大の余地がなくなっているのだ。

では、企業には利益を多少犠牲にしてでも、正社員、非正規社員ともに待遇を向上させるという選択肢はないのだろうか。

先ほど、企業の総人件費は増大していると述べたが、一方で、企業が計上する利益はそれを上回るペースで増加している。過去5年間で日本企業が稼ぎ出した当期純利益は約2倍に増えており、この利益を正社員の待遇改善に回すことは理論的には不可能ではない。