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麻生大臣が致命的な「問題発言」を繰り返す理由が分かった

圧倒的に欠如している2つの力
原田 隆之 プロフィール

これからの「正義」について

プラトンにしても、アリストテレスにしても、正義を理性の問題としてとらえていた。しかし、繰り返される不正義のなかには、感情の不全による問題が大きいことがわかってきた。

あらためて、正義とは、単に理性の問題ではなく、感情の問題でもある。

ハーバード大学の政治哲学者マイケル・サンデルは、その著『これからの「正義」の話をしよう』の中で、「民主的な社会での暮らしのなかには、善と悪、正義と不正義をめぐる意見の対立が満ち満ちている」と述べ、「では、正義と不正義、平等と不平等、個人の権利と公共の利益が対立する領域で、進むべき道を見つけ出すにはどうすればいいのだろうか」と問いかける。

マイケル・サンデル〔PHOTO〕gettyimages

そしてその解決として、まず自らの正義に関する見解を批判的に検討すべきであることを提唱する。

さらに、従来の理性的な正義感ではなく、「美徳」を涵養することと「共通善」について判断すること重要性を説く。

 

これは、私なりに解釈すると、正義に対する感情を育てること、個々の相違や不一致を受け入れることのできる共感性を育むことと言い換えることができる。

しかし、既に述べたように、理性的な共感性や正義感を育むことには、教育はある程度の成功を収めてきたが、情緒的共感性や「感情的正義感」については、まだ議論が始まったばかりである。さらに、現時点の神経科学による見通しは、悲観的である。

とはいえ、繰り返されるハラスメントや無神経発言に対抗するために、これからの「正義」の話をするとき、「感情的正義感」という概念は、間違いなく重要なキーワードになってくるだろう。

さて、麻生大臣であるが、5月14日には国会でセクハラ問題に関して、初めて被害女性に陳謝した。続いて、15日には閣議後の記者会見で「大臣としてセクハラを認定した」旨発言した。

これが世論の反発を受けての、しぶしぶの発言なのか、それとも情緒的共感性や感情的正義感に基づく真摯な発言なのか、今後の言動に注目していきたいものである。