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麻生大臣が致命的な「問題発言」を繰り返す理由が分かった

圧倒的に欠如している2つの力
原田 隆之 プロフィール

なぜ共感性が欠如しているのか

さて、ここからは一般論であるが、共感性の欠如はなぜ生じるのだろうか。

まず、認知的共感性であるが、これは成長とともに、親のしつけや教育、友人関係などのなかで「学習」していくものだ。これが、「理性的な関所」となって、自分の発言をチェックするように働く。

しかし、イスラエルの心理学者でノーベル賞受賞者のダニエル・カーネマンが言うように、その働きは、咄嗟のときや、疲労、アルコールなどの影響下では減退しやすい。こうしたときに、失言が出やすくなる。

また、そもそもこのようなしつけや教育がなされていないケースもある。

親が放任していた場合や、無神経な発言をしてもそれが許される環境で育ったような場合も、認知的共感性は育たないだろう。

そのような人は、自分本位の一方的な物の見方しかできず、常に強者の立場で、強者の論理に立った言動を取りがちである。

「理性的な関所」、すなわち認知的共感性は、脳の中の前頭前野と呼ばれる部位にその座があり、ここに障害や機能不全であったりする場合、十分に作用しないことが考えられる。

そして、もう1つの情緒的共感性であるが、これに関連する部位は、前頭前野の下部に位置する眼窩部と呼ばれる皮質である。ここは「温かい脳」とも呼ばれ、良心や感情に関連した働きをする。

さらに、脳のもっと奥にある大脳辺縁系と呼ばれる部位に位置する扁桃体という小さな構造物も、情動の調節をする機能がある。

これらの部位に何らかの異常や機能不全があったとき、温かい人間的な感情の発露が見られなくなる。言葉は理解しても、心に響かないというのは、こうした異常を反映している。

 

共感性が育つしくみ

子どもが誰かを傷つける言動をした場合、親や教師から叱責を受ける。また、友達仲間から非難されたり、相手に泣かれたりすることもある。

こうした場合、本人は少なからず動揺する。また、強く叱責されると、心臓の鼓動が高まり、大きな恐怖や不安を抱く。

このように、自分の言動によって、ネガティブな結果が伴うと、以後、その言動を慎むようになる。

これが、基本的な人間行動の原理であり、「学習」と呼ばれるプロセスである。つまり、失敗から学んで思慮分別のある大人になっていく。

このプロセスで重要なことは、不適切な言動は、心拍の増加や不安感情などとペアになって学習されるということである。

したがって、そのあと、同様の言動が頭に浮かんだとき、心拍が増加し、不安を抱くので、それが行動のブレーキとなる。つまり、それが「感情的な関所」として働くようになる。

われわれが、他人を傷つける言動を慎むのは、頭で「いけない」とわかっているからという理由(理性的な関所)もあるが、そのような言動をすることに対する不快感や不安のような感情が作動するから(情緒的な関所)でもある。

かつて、われわれの正しい判断には、理性的で冷静な脳の働きが重要で、感情はそれらの邪魔をするものだととらえられていた。

しかし、ポルトガルの神経科学者アントニオ・ダマシオは、人間の行動には、「感情に基づく判断」も重要な役割を果たすと考え、これを「ソマティック・マーカー(生理的信号)仮説」と呼んだ。

われわれが、他人を傷つけるような言動に出ようとしたとき、不安や心拍亢進のような生理的信号が生起し、それがブレーキとなる。

しかし、前述の眼窩部や扁桃体、あるいは心拍などを調節する自律神経系の機能異常がある場合は、これらが適切に働かない。

すると、何のためらいもなく、無配慮で相手を平然と傷つける言動を繰り返すことになる。これは、うっかりによる「失言」とは質が違う

そして、そのことで失敗をしたり、周りから誹りを受けたりしても、感情的な動きが伴わないので、学習できずに、同じことを懲りもせずに繰り返してしまう。つまり、このタイプは失敗から学べないので、治らない。