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医療・健康・食 不正・事件・犯罪

ある有名市民病院で起こった「医療トラブル」と「患者の自殺」

家族への「説明義務」は果たされたか

2017年3月10日、神奈川県鎌倉市で介護用品販売の会社を経営していた66歳の女性が自宅マンションから飛び降り自殺するという痛ましい事件が起こった。

女性はその約3年前、同県藤沢市が運営する藤沢市民病院で、大きさ5mm未満の脳動脈瘤の破裂予防手術を実施。だがこの術中に起きた事故により、会社経営はおろか日常生活を送ることさえ困難となる高次脳機能障害を負い、絶望のすえ病院に「死をもって抗議」したのだという。

手術を行うにあたり、そのリスクについて患者本人と家族に十分な説明はされていたのだろうか。

「十分説明した」とする病院側に対し、遺族側は「手術を受けないでいることの危険性ばかりが強調され、手術を受けることに伴う危険はほとんどないかのような説明だった。とても納得できない」と主張。両者の言い分は全くの平行線だ。

あの時手術を受けていなければ……遺族のその嘆きは、「手術を受ける・受けない」の判断がいかに難しいものであるかを伝えている。

患者の「自己決定権」をめぐって

病院とこの家族の間に起こったことについて話をする前に、まずは、手術を受ける際に患者の意思が尊重されるという「自己決定権」――つまり、手術などの医療行為を受ける際に、患者の意思が尊重されること――についての話をしておきたい。

本稿で述べる事柄を理解してもらうためには、これが患者の重要な権利の一つであることを、あらかじめ確認しておく必要があるからだ。

治療を受けるのか、受けないのか。治療を受けるとしたらどの治療方法をいつどこで、どの医師によって受けるのか―――医療においては、こうした決定を患者が自分の意志で下すことのできる権利が保障されている。

 

脳科学者として理化学研究所や国立精神・神経センター神経研究所などで脳神経科学の研究に携わったのち弁護士に転身、現在は医療事故の専門弁護士として活動する石黒麻利子氏は、この権利について次のように解説する。

「患者の自己決定権は、『医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない』と定めた医療法(第1条の4第2項)の規定に基づくものです。

厚生労働省のガイドラインは、この説明が「口頭による説明」「説明文書の交付」「診療記録の開示」など「具体的な状況に即した適切な方法」で行われなければならないと定めており、手術する場合は実施予定の手術とそのリスク、手術をしない場合のリスク、合併症の有無について、さらに選択可能な別の治療方法がある場合は、その内容と各々の手術方法のメリットとデメリットについても説明すべきと指示しています」

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だが石黒弁護士はこの重要な規定が、現実の医療の現場では必ずしも守られていないと言う。

「残念なことですが、患者への説明を、“患者に手術同意書にサインして貰うための機会”くらいにしか捉えていない医師がとても多いことは、医療事件の患者弁護士として実感しています。

また医師が説明義務を果たさずに行った治療・手術で患者が死亡、あるいは重篤な障害を負ってしまった場合でも、その治療や手術そのものの過程で明らかなミスがないのであれば、患者側が補償を受けるのはかなりハードルが高いという現実もあります。

というのも医療訴訟では、患者側の弁護士にも医学の専門知識が不可欠なうえ、私的鑑定意見書の作成や訴訟中のアドバイスを依頼できる専門分野の医師の協力も必要なので、どうしても通常の裁判よりも費用が高くついてしまいます。

しかしそこまでして裁判所に説明義務違反を認めさせても、説明義務違反だけの賠償額は数十万から200万円程度。結果的に裁判費用のほうが高くついてしまいかねないことから、患者側も二の足を踏むことが多いのです」

だが、リスクさえ教えられぬままに受けた手術で障害を負った人、あるいは愛する家族を失った人たちの心の傷は、第三者が想像するに余りあるものがある。

以下に報告するある一組の家族も、妻・母親を失って一年が過ぎた今も依然悲しみからは癒えずにいる。