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魔の5月? 学校で硫化水素事故、今年も発生

なぜ毎年事故が起きるのか

頻発する硫化水素事故

5月11日、山口県下関市と千葉県千葉市の中学校で、相次いで理科の実験中に硫化水素が原因と思われる事故が発生し、全国ニュースで取り上げられました。下関では生徒9人が、千葉では生徒2人が病院に搬送されています。

このような硫化水素による理科実験中の事故がここ数年繰り返し起こっています。昨年2017年では少なくとも6件、うち5件が5月に集中しています。なぜ中学校で事故が起こるのでしょうか。紐解くと、私たちの生活に潜む硫化水素の危険とその対処とも深い関係があることが見えてきます。

なぜ学校で硫化水素が発生するのか?

中学校の授業で硫化水素が発生する理由は「教科書に掲載された”ある実験”を行ったから」の一言に尽きます。偶発的ではありません。多くの中学校が毎年実施するため、事故も特定の時期に集中します。

その”ある実験”とは、学校では「鉄と硫黄の化合」と呼ばれている化学反応です。鉄粉と硫黄の粉末を混ぜたものを試験管か筒状のアルミ箔に入れ、ガスバーナーで加熱します。

図1 鉄と硫黄の混合物の加熱(山口, 2004より引用。画像提供:日本化学会)

反応が始まると混合物が発熱して溶岩のように赤く光り出します。この様子が幻想的なのですが、反応が終わると硫化鉄という、見た目が地味な物質に変わってしまいます。

反応と硫化鉄
図2 鉄と硫黄の反応(写真左。宮内、2010より引用。画像提供:日本化学会)と硫化鉄(Wikipediaより)

このとき、私たちの目には見えない小さな原子の世界では、鉄原子と硫黄原子が1:1の割合で鉄とも硫黄とも違う新しい組み合わせに変わってしまい、物質の性質も変化します。これが化学反応の本質であり、生徒はこのことを学ぶために、実際に化学反応の前後で物質の性質がどう違うのかを確かめます。

問題はこの確認の1つ「塩酸と反応させる」という作業です。鉄を反応させると水素という無色無臭の気体が発生しますが、硫化鉄では腐った卵のような強烈なにおいのする有毒気体、硫化水素が発生するのです。

実験が事故に変わるワケ

体で感じ取れる性質の違いは臭いだけですから、確認のために生徒は全員硫化水素を嗅ぐことになります。ただし、硫化水素の発生=事故ではありません。中毒症状が現れるためには一定以上の濃さが必要です。

くさいと私たちが感じられる硫化水素の濃さは0.3〜5.0 ppmです。「ppm」は100万分のいくらという割合を示す単位で、1立方メートル(100万立方センチメートル)の空気に含まれる硫化水素の体積(立方センチメートル)を示します。見慣れない単位ですが、1辺1メートルの立方体に、サイコロ1個分の硫化水素が散らばっているのが1ppmだとイメージするとよいでしょう。

濃度1ppm
図3 濃度1ppmのイメージ

このサイコロが100倍以上になると、体にさまざまな悪影響を及ぼします。

図4 硫化水素の毒作用(中央労働災害防止協会, 2015より引用)

濃さが100ppmを超えると、においを感じる鼻の細胞がマヒして分からなくなります。長時間、またはさらに濃い硫化水素にさらされると、肺や気管支などの粘膜が炎症を起こし、酸素を十分体に取り組めなくなって最悪死に至ります。

教科書に掲載された試料の量では、硫化水素の発生量は限られます。ただし意図的な「嗅ぐ」行為には注意が必要です。発生したばかりで空気中に拡散していない硫化水素は局所的には高濃度になるため、急激に吸い込めば危険です。実際この事故で最も多い原因は、硫化鉄と反応させる塩酸が濃すぎる場合です。塩酸の濃度が高まれば、反応も速まるので濃くなりやすくなります。