不正・事件・犯罪 行政・自治体 ライフ

「泣き声通報」と児童相談所の訪問が招いた家庭崩壊の悲劇

育てられない母親たち【21】
石井 光太 プロフィール

最初の通報から2ヵ月後、美和子が事態を知ってマンションに押しかけてきた。児童相談所の職員が、夫が働く不動産屋動産屋の方にもやってきて事情を話したらしい。

美和子は言った。

「瑠奈さん、小さな赤ちゃんを虐待しているなんて母親失格よ。こんなことが起きたらうちの仕事にだって差し障りがある。子供を私たちに任せて、一旦病院へ入院するか、実家で静養してきて」

瑠奈は言った。

「虐待なんてしてません。それに入院する理由だってありません」

「あんたうつ病なんでしょ? クリニックに通って薬まで飲んでるって聞いてるわよ。それで子供に暴力をふるっているんでしょ!」

正志を通して、うつ病のことが筒抜けになっていたのだ。

この日は、なんとか美和子に帰ってもらったが、美和子は児童相談所から通報のことを聞いてはマンションにやってきた。やがて彼女は瑠奈を実家に帰らせ、子供を引き取ると言いだした。追い出しにかかったのである。

 

瑠奈は当時のことをこう答える。

「義母はまったく私のことを信用していませんでした。夫も義母に言いくるめられて、私のことを疑いはじめていました。そんなことがつづいて、私は『もうやってられない!』と思って、離婚して息子を連れて実家に帰るって言いました。もう、それしか道がないと思ったんです。でも、夫も義母も息子を連れていくことを認めませんでした。家事を放棄し、虐待をして、精神を病んだ私に任せられないというのです。離婚するなら、親権を捨てて一人で出ていけと言われました」

瑠奈は、夫の実家と裁判で戦おうと考えたが、財布を握られているために弁護士に相談に行くことさえできなかった。また、うつ病もかなりひどくなっていた。

それで瑠奈は実家の両親と話し合い、夫たちに言われた通り、息子を手放して一人で実家に帰ったのである。

児相に家族を壊された

瑠奈は言う。

「長男は絶対に手放したくなかった。一度手放したら、帰って来ないって思っていたから。でも、いろんな状況が重なってそうできなったんです。

今回の大元の原因は、児相だと思います。あの人たちが間違った通報を真に受けてきたことで、なんとかやっていたものが壊れちゃった。児相は家族を支えるもののはずなのに、家族を壊したんです。彼らは『(家庭訪問は)仕事だから』と言いますが、自分たちの立場を守るためにマニュアル通りにやっているだけでしょ。それが家庭を壊すってことをわかってないんです」

photo by iStock

児童相談所にとって「虐待防止」の役割の比重は年々大きくなっている。少ない人数で重大事件を防ぐには、通報があればこまめに家庭訪問をして事実確認をしていくしかない。それを怠れば、虐待を見すごすことになるからだ。

だが、家庭の中には、泣いたり、苦しんだり、病んだりしながら、ギリギリのところで一生懸命にバランスを取って子育てをしているところもある。それが児童相談所の訪問によって壊れてしまうことがあるのだ。

瑠奈のケースのような通報は、「泣き声通報」と呼ばれている。泣き声を聞いた人が虐待ではないかと疑ってしてくる連絡だ。

集合住宅の中では、壁の向こうから聞こえてくる泣き後が虐待なのか、そうでないのかは確認できない。だから、児童相談所にしてもらおうと通報するのだ。

子供を育てる親も、通報する住民も、虐待を防ごうとする児童相談所も、すべてが善意で動いている。だが、その善意が悪い結果を生んでしまうこともある。
 
泣き声通報が、子育てをしている家族にどのような悲劇を生み出すことがあるのか。
そのことについても目を向けていかなければならないだろう。

貧困のシングルマザー家庭で育った少年は、なぜ殺されたのか
新メディア「現代新書」OPEN!