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同性愛を「治そう」としたものの諦めた「レズビアン作家」の告白

私が一番されて困る質問は何でしょう?
王谷 晶 プロフィール

理由は何も教えません

私を今まで困らせていたのも、この「納得させろ」という気持ちだったのに気がついたからだ。

なぜ納得したがるのだろう。他人のセクシュアリティ、はては人生について。

「あなたを理解したいから、理由を知りたい、納得したい」

と言われたこともある。でも、理解と納得って、イコールじゃない。納得しなくても、理解することはできる。むしろ他人を理解するためには、自分の納得という感情は余計なノイズになるんじゃないだろうか。納得したい、を優先すると、理解から遠ざかる。

 

『アイ・アム・マイケル』をきっかけに作られた、マイケルのその後の生活を追った『マイケルに何があったのか?』というドキュメンタリーも同じくNetflixで観られる。マイケルの元パートナーであるベンジー(映画ではベネットという名前になっている)が、妻と暮らすマイケルの家に出向き、7年ぶりに再会した日を撮影したごく短いビデオだ。マイケルは片時も妻から離れず、決してベンジーと二人きりにはならない。謝罪の言葉を口にするが、それは誰に対しての何の謝罪なのか、はっきりさせない。

合間合間にベンジー単独のインタビューが挟まるが、その言葉から彼は事の顛末にまだ納得してはいないのがよく分かる。でも、同時にマイケルの現在の暮らしぶりを受け入れ、幸せを願っていた。それは理解と言っていいと思う。とても深い理解だ。納得と理解はイコールじゃない。理解に納得は、必ずしも必要ではない。

セクシュアリティについて質問されるたび、私はどう言ったら相手を納得させられるのかと悩んできた。両親に自分たちが原因なのかと訊かれたときは、すぐに否定はしたけどもしかしたらそうなのかも? と長い間一人で考え込んだ。田舎では異常者だと指さされることを怖がり、都会では男と寝たことのある偽レズと言われるのを恐れた。

その時々の身の回りにいる人たちをうまい言葉で納得させたかった。自分が何なのかどういう存在なのか、納得してもらわないとこの世に居場所がなくなってしまう気がしたからだ。でもそれは違うんじゃないか。

納得する基準はひとりひとり違うので、出会う人全てを納得させようとしたら、その数だけ理由を作らなくてはいけなくなる。そんなことをしていたら、精神がバラバラになるし疲れ切ってしまう。だいたい、無理だ。みんなを納得させるなんて。

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私が女が好きな理由を探さなくてもいい。見つけたとしても他人に言わなくていい。無理に理由を作らなくてもいい。この先愛する対象が変わってもいい。もちろん変わらなくてもいい。そのとき誰かを納得させなくてもいい。納得しないとおさまらないという人は、友達にしなくていい。曖昧で理屈の通らない、誰も納得させることができない人間が私だ。そう考えるようになったのはほんのここ数年だけど、それでだいぶ生きるのが楽になった。

と、ここまで本稿を読んでくださった方の中に、長々と駄文を読ませておいて結局お前が何でレズになったのか言わないつもりかよ、と思う人がいると思う。そうです。理由は何も教えません。これからも冒頭の質問をされたら「エ」と「ウ」の中間のような呻き声で曖昧に返し続けるし、困り続ける。でも私はこうしてここに存在しているので、納得できずとも、そこのところはぜひご理解いただきたい。

王谷晶(おうたに・あきら)小説家。1981年東京都生まれ。著書に『探偵小説には向かない探偵』(集英社オレンジ文庫)、『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社)等。
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