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誰にでも「イノベーション」はできる。この方法論さえ身につければ

「なんとなく」を見える化する術
松波 晴人

「なんとなく」の発想を見える化する

──ロジカルだけではクリエイションできないという話は、今回の物語でも何回か出てきますね。

松波:大阪大学のフォーサイト・スクールで学んでから、スタンフォード大学のdスクールでも学んだ学生がいます。dスクールというのはシリコンバレーの人材供給源として知られるスタンフォード大学のなかでも、とりわけクリエイティブな人たちが学びに来るところです。

その学生に2つのスクールがどう違うのかと訊いたら、フォーサイト・スクールのほうが体系化、言語化がされているということ、フォーサイト・スクールでは「インサイト(本質的な仮説)」を出す部分にものすごく注力するけれど、dスクールでは、「インサイトがまだ固まっていない」状態でも次の段階に進もうとする、とのことでした。

私自身はdスクールで学んだことはありませんが、おそらくdスクールは、もともと全米の中でも超優秀でクリエイティブな人たちが集まるので、カリキュラムが多少ふわっとしていても良い成果が出せるのではないか、と思います。

dスクールをつくったデビッド・M・ケリーが創立者の一人である、「IDEO(アイディオ)」という世界的に有名なデザインファームがあります。

ここはクリエイティブな仕事をしたいという学生にとってはあこがれの会社です。私がコーネル大学に留学しているときに、あまたの有名企業を凌駕する形でIDEOに就職したい学生がたくさんいました。インターンに選ばれるだけでも大変、入社はさらにハードルが高い、という「クリエイティビティ界のスーパーエリート」しか入れない企業だったのです。

そんなところだから、あえて親切に言語化、体系化して教える必要性を感じてこなかったのかもしれないですね。

 

──物語では、主人公たちが困難に出遭い、それをクリアして学ぶごとに、「着観力」「アブダクション」「リフレーム」といった玉をひとつずつ得ていく成長の物語になっていますね。これもまたフォーサイト・スクールのカリキュラムを踏襲したものだそうですね。

松波:はい、実際のフォーサイト・スクールでも授業が進むごとに、玉を一つずつ得る形になっています。

玉がそれぞれ、新価値創造のプロセスでの重要な理論になっているという仕組みです。玉を集めていくことが、わかりやすさや学ぶ楽しみにつながっているのかもしれません。

いわゆる「イノベーター」と言われる人達が、この本を読んだ上で「いままで自分たちがやっていたクリエイションの方法はこれだ」と言ってくれました。「今までは自分でも方法論を言語化できていなかったので、いつか発想ができなくなるのではと不安だったが、この本があれば思い出せるのでこれからは安心だ」とおっしゃっていた方もいます。

私たちがフォーサイト・スクールでやっていることは、今までにないまったく新しいクリエイションの方法というより、もともとはアートの世界として捉えられ、クリエイターたちが「なんとなく」やってきた方法を見える化、体系化することだと思います。

Photo by istock

ロジックで「価値」はわからない

──フォーサイト・スクールでは、新しい「価値」を生み出すことが目的なわけですが、「価値」というのは結局、何なのでしょうか?

松波:多くの人が「価値」について、「客観的なもの」であると勘違いしているのではないか?と思います。 本来、価値というのは「主観的なもの」です。

大阪大学のフォーサイト・スクールから生まれた製品で、学部ごとにカバーの色やデザインが違う消しゴム「阪大ラバー」というものがあります。今回の本の中では、主役の一人が「共通の趣味の人同士が黙っていてもわかるように、趣味ごとに消しゴムのカバーの色を変える」という提案をしていますが、それを現実に製品にしたものです。

ただ、人の趣味は無数にありますし、バリエーションが増えすぎては製品化が難しいので、学部別に計11色のカバーをつくりました。この「阪大ラバー」を大学生協で販売したところ、発売7ヵ月で3500個以上売れて人気商品になっています。

この「阪大ラバー」は1個180円しますが、中味の消しゴムそのものは既存の一般的な製品で、そちらの値段は80円です。生協では、どちらの消しゴムも一緒に売られています。

「消す」という本来の機能は同じなのに、値段が倍以上するものを買うという行動は、ロジックだけで考えれば非合理的なわけです。それでもみなさんが180円の消しゴムを買われるということは、主観的に180円払うほどの価値を認めてくれたということです。

また、主観は人によって違います。同じ音楽を聴いても、「すばらしい」と思う人もいれば、「雑音だ」と思う人もいる。同じ料理を食べてもおいしいと思う人もいれば、思わない人もいる。

このように「主観的な価値」はなかなか捉えにくいものです。なので、作る側の主観と買う側の主観は違うかもしれません。「売れる」と思ったものが売れなかったり、「これは売れない」と思ったものが売れたりします。

だから価値を創ろうとするときには、論理的・客観的に考えれば正解がどこかにある、という考え方ではうまくいかないのです。